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リスクと不確実性

最近よく目にする“VUCA”とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、日々転々する現代の、“不確実で予測不可能な様相”を指し示す言葉です。このV、U、C、Aは各々対等な関係ではなく、中でもUつまりUncertainty(不確実性)が中心になっています。“不確実”だからこそ、絶え間なく“変動”するようにも見え、“複雑”な挙動を示し、明確には言えない“曖昧”な部分ができてしまう。ところが、この“不確実性”とは何かについて考えると、色々と難しい問題に遭遇します。

“不確実性”の理解が必要なのは、単に知的好奇心を充たすためではなく、“不確実性”を理解できなければ“不確実性”に翻弄される危険性がより大きくなるからです。“偶然性”・“不確実性”については、数学や物理学あるいは哲学の分野で昔から考えられてきましたが、“不確実性”の定量的な研究は、主に数理ファイナンス分野のリスク分析においてなされていたりもします。当然でしょう。投資は、“不確実性下での意思決定”がその本質だからです。

一般に“リスク”という言葉はよく使われますが、一般に使われている“リスク”とは様々な意味が含まれた形で使われており、どういう意味で使っているのか曖昧な部分が残ります。その中でも、“ボラティリティ”と“不確実性”が取り上げられるかと思われます。この両者は似て非なる概念であり、そのことを明確に指摘したのは、米国の“シカゴ学派”と言われる学派の草創期の経済学者フランク・ナイトです(経済学者でマネタリストとして知られるミルトン・フリードマンは、この学派に属してはいますが、ここ数十年のシカゴ学派の主張とナイトの主張とはほとんど別物に変わり果てているようです)、ナイトは、“リスク”と“不確実性”を分けて考えました。前者は計量化可能な概念であり、後者は完全には計量化不可能な余地を残した概念を指すものと考えられています。ちょうど、ここでいう“ボラティリティ”がナイトの言う“リスク”に照応するでしょう。

“ボラティリティ”とは、確率が予めわかっている場合の出現度合いです。コイン投げ、サイコロの出目の確率などはこれに当たります。コイントスでは表が出るか裏が出るかは事前にわかりませんが、確率をどのくらいで期待できるかは分かります。対して、“不確実性”とは、事前に確率分布が自明でない場合の出現度合いです。例えば、ある事業が将来においてどの程度成功するか、その確率を表現する場合、あるいは100年後に人類が滅亡する確率はどの程度かといったことです。成功/失敗、あるいは生存/滅亡と仮にラインを引いたとしても、その二者のいずれかになるかはコイントスのようにはいきません。

“リスク”に対する対処法は、散々研究されつくしているくらい、多くの学問的業績がリスクマネジメントの分野で蓄積されています。“リスク”とは“ボラティリティ”のことですから、各々の対処法は異なります。“リスク”を“ボラティリティ”のことと解すれば、現代の人類の知見は、その管理に関して高度なレベルに達していると言えるかもしれません。工学や金融工学においてそれを扱う方法論は発達しており、どのようなシナリオになったとしても数学的に比較的扱いやすく対処がしやすいよう施されています。将来シナリオもある程度予測可能です。

しかし、一般に言われている“リスク”が、実は“ボラティリティ”の意味ではなく“不確実性”が混入していたらどうなるのか。途端に扱いが難しくなります。というのも、“不確実性”は原理的に確率を推し量ることが困難で、数理的な分析にとって厄介な概念だからです。それゆえ、“不確実性”が混入していたり、“ボラティリティ”を扱っているように思っていたが実は“不確実性”を相手にしているということに気がつかず、“ボラティリティ”と同様に計量化可能であると安易に考えてしまうと、その分析は役に立たないどころか、甘い分析をしてしまったばかりに手痛い目に遭うことになりかねない。“不確実性”の厄介さとは、“計算のしにくさ”と、“気づきにくさ”にあります。

元はヘッジファンドのクオンツ兼トレーダーで、現在は確率論の研究者として大学で教鞭を執りつつ、ヘッジファンドの科学顧問として文筆業に勤しむナシーム・ニコラス・タレブは、一般読者向けに執筆し世界的なベストセラーになった『ブラック・スワン-不確実性とリスクの本質(上)・(下)』(ダイヤモンド社)において、確率分野での“ボラティリティ”と“不確実性”の区別に加えて、“ペイオフの複雑さ”を考察に加えています。つまり、ペイオフが単純か複雑かの区別です。

“ペイオフ”とは“払い出し”という意味ですが、これは狭義の内容です。広義では、“事象が発生した場合の影響の度合い”を指します。コイントスで何か(例えば1円)を賭ける場合は、ペイオフは単純です。要は、1円をもらえるかもらえないかであって、いきなり100円を失うというようなことはありません。対して、複雑な“ペイオフ”とは、事前に正確に払い出しや影響が容易に予測できない場合です。

タレブは、①確率分布が所与のものか否か、つまりは“ボラティリティ”を意味するのか、それとも“不確実性”を意味するのかで区別し、更に②ペイオフが単純か複雑かで区別し、四つの組み合わせを提示しています。この2つの軸でタレブは4象限を作り、①で“不確実性”を指し、かつ②で複雑である組み合わせを“ブラック・スワン”なのだと説明します。“ブラック・スワン”とは文字通り“黒い白鳥”、極く稀にしか起こらないのだけれど、起こればとてつもなく大きな影響を及ぼす事象の比喩です。

こうして見てくると、巷間言われているように、「リーマン・ショック = ブラック・スワン」だと単純に捉えてはいけないことがわかります。リーマン・ショックはブラック・スワン的ではあるが、ブラック・スワンは必ずしもリーマン・ショックだけに限りません。“ブラック・スワン”の概念はリーマン・ショックで有名になりましたが、“ブラック・スワン”自体はリーマン・ショックの存在いかんにかかわらず、どこにでも存在する可能性があります。

『ブラック・スワン』はリーマン・ショック前に書かれたもので、リーマン・ショックを分析したものではありません(それゆえ、タレブは一躍世界中に知られるようになったのでした)。“ブラック・スワン”という言葉は、“黒い白鳥”が見つかるまでは“黒い白鳥”が存在することすら想像できないという不可知性を意味します。不確実性と複雑性を兼ね備えた事象を“ブラック・スワン”に喩えるのがタレブの秀逸なところです。

“ブラック・スワン”の特徴は、確率の算定が難しい事象で、起こった時の影響が計り知れないということだと、タレブは一般読者向けの著書で繰り返し述べていますが、これを専門的に正確に理解しようと思えば、タレブ自身が学術論文で著したもののかなりの部分が公開で読めるようになっているので、一読されるのもありかもしれません。

いずれにせよ、この厄介な問題である“ブラック・スワン”をどう扱うか。これは現代のファイナンス理論においても難題中の難題で、専門家の中でも見解が分かれています。一つは、厄介すぎるので“存在しないもの”として扱うという態度。そういう人も結構いるのが現実です。もちろんタレブはそれに異を唱えます。ベア・スターンズやLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)、あるいはそれで多額の損失を出した我が国の金融機関の事例を引くまでもなく、“存在しないもの”として扱うといった見解で構築された債券、例えば一部のCDO(債務担保証券)の戦略が“ブラック・スワン”の前で滅びていった運命を見よというわけです。

タレブなら、そうした不確実性+ペイオフの複雑性の事象に対してどのように対処するか。これは『ブラック・スワン』だけでは見えてこないわけですが、続く著作で考察は広がりを見せていきます。それが『反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方(上)・(下)』(ダイヤモンド社)や『身銭を切れ-「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』(同)あるいは、タレブが有名になる前に専門家向けに著したDynamic Hedging: Managing Vanilla and Exotic Options (Wiley Finance)で紹介されています。後日、タレブが主張する“バーベル戦略”の説明も含め、それが不動産投資戦略をくむ上でどう関わってくるかを見ていきたいと思います。

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