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真贋-生き残る投資家ー

近代日本を代表する文芸批評家で最も著名な人物の一人と言えば、おそらく小林秀雄の名を上げる人は多いと思われますが、その小林秀雄の随筆に「真贋」という文章があります。『小林秀雄全集』(新潮社)第19巻に収録されている文章ですが、新潮文庫から出されている『モオツアルト・無常といふこと』所収の文章でもあるので、御存知の方も多いのではないでしょうか。

その中で、装丁家で天才的な鑑識眼を持った、少々いかがわしさを湛えた“高等遊民”たる青山二郎の影響で書画・骨董の世界に嵌ったばかりの小林秀雄が贋作をつかまされたことが判明した際の情景が描かれています。ちなみに、青山二郎の生家である青山家は徳川宗家の重臣で、現在の東京都港区の「青山」の地名の由来。自由気ままに生きた趣味人青山二郎のもとには、小林秀雄を始め、河上徹太郎や大岡昇平、白洲正子など数多くの文化人が集い、そんな様子を見て「青山学院」と称する人もいたそうです。

その「真贋」冒頭に描かれたエピソードとは、こうです。良寛禅師が書いたとされる詩軸「地震以後」を自宅に飾り、来訪した吉野秀雄に得意気に自慢するも、良寛研究家でもあった吉野秀雄に贋作であると告げられ、その際、腹立ち紛れに、部屋に飾ってあった名刀一文字助光でその贋作を十文字に切りさいてしまったという話。

大阪の道頓堀をうろついていた小林秀雄の頭の中でモーツアルトのト短調シンフォニーが鳴り響いたというエピソードが書かれている随筆「モオツアルト」と同様、「そんなアホな!」という出来過ぎた話ですから、ひょっとしたら多少の脚色が施されたエピソードかもしれません。

書画・骨董(おそらく、全ての芸術作品がそうでしょうが)は、一つ一つの作品の個性がそれぞれに屹立していますから、評価のための共通の“物差し”のようなものはありません。己の美意識と鑑定眼だけが唯一の頼りということになりますが、骨董の世界は至るところに“贋作”が氾濫していますから(小林の文章にも登場する雪舟や富岡鉄斎などは贋作だらけと言っても過言ではありません)、骨董蒐集に興じる人なら、一つや二つ贋作をつかまされたという経験を持っているはず。

下手の横好きよろしく、私も自ら作陶する身ゆえ、気に入った茶碗を色々蒐集していていますが、ある黒楽茶碗を相場よりも相当高額でつかまされた昔を思い出すと、悔しさが襲ってくるのが偽らざる気持ちです。特に、新車に買い替えるか、それともこの黒楽茶碗を買うかで迷った末、敢えて茶碗を選択したものだから、悔しさは一入というもの。

しかし、そうした苦い経験を数多く積むことで、徐々に“目利き”の力が養われていく。骨董に興味を持ち始めた頃に贋作をつかまされてきた小林秀雄も、多くの作品を鑑賞し、実際に手で触れてみて感触を味わいつくしていくうちに、この“目利き”の力が醸成されていったと言います。

とりわけ、骨董の世界はこの“目利き”の力が全て。本物の茶碗だと、場合によっては数億円、数十億円にもなる一方、「偽物」だとたった数百円となる世界。国宝に指定されている、南宋時代に作られた曜変天目茶碗3点(藤田美術館、静嘉堂文庫、龍光院所蔵)、あるいは本阿弥光悦のこれまた国宝指定の白楽茶碗「不二山」(サンリツ服部美術館所蔵)が、仮にオークションに出されようものならいくらの値がつくか、想像するだけでもぞっとします。

骨董の世界ほど贋作や魑魅魍魎が跳梁跋扈していることはありませんが、不動産の世界も似た面があると言えるのではないでしょうか。株式投資と比較されることの多い不動産投資ですが、不動産投資は株式投資とは決定的に異なり、むしろ、骨董の世界に近い側面もあります。不動産も一つ一つの物件の個性が際立ち、二つして同じものはないという点が特徴だからです。

収益物件として出回っている物件が投資に値する物件であるかと言えば、必ずしもそうとは言えない物が多いという点も類似しています。したがって、不動産投資にも、ある種の“目利き”の力が要求されます。

とはいえ、全か無かといった骨董の世界ほど極端なことはなく、しかも定量的に投資リスクの度合いを計ることができる点で、定量的評価がそもそも不可能な骨董の世界とは質的に異なることも確かです。

また、多額の借入れを行う不動産投資と、融資などおりるわけがない骨董趣味とは異なります。贋作をつかまされた人は、元々あった金がなくなるわけですが、それ以上の損害は生じません。しかし、不動産はその購入資金の大部分を融資に依存しているので、むしろ不動産投資の方は、一度失敗すると取り返しがつかなくなる点で厳しいとも言えるかもしれません。

不動産のみならず、投資一般に言えることでしょうが、そう簡単に投資妙味のある案件が市中にゴロゴロ転がっているわけがありません。投資家のウォーレン・バフェットも、「投資すべきものが見つかるまでは待つ、いつまで待つかと言われればいつまでも待つ」と述べていますし、バフェットについて語るビル・ゲイツの言は、「彼(バフェット)は、信じられないほど良い球でなければスイングしない」ことが投資で大成功した秘訣であるとしています。バフェットの師とも言ってもよいジェシー・リバモアは、「最も重要なのは、絶好の時が来るまで静かに座っていることだ」と述べています。

まぐれ当たりの一発屋ではなく、長く生き残っている投資家は、その手法や考え方こそ千差万別であるものの、良さげなものだと思うとすぐに手を出してしまうような早計さとは無縁であるということです。じっくり考え、そして待つ。その過程を経ていない投資行動は、その時はたまたま上手く行ったとしても、長時間的に生き残れる確率すなわち時間確率は限りなくゼロです。必ず、どこかで吹き飛びます。

一見良さそうな100の案件から、99の案件に手出ししたい誘惑を断ち切り、「これは!」と思える1に出会えた際には素早く決断と行動に移せるだけの準備に余念がない。こういう投資家が、吹き飛ばずに最後まで生き残ることができるのです。

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