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リセッションと”予想屋”

世界的なベストセラーとなった『ブラック・スワン-不確実性とリスクの本質』をはじめ、『まぐれ-投資家はなぜ運を実力と勘違いするのか』や『反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』などの著者として知られるナシーム・ニコラス・タレブが、先月放映された米国のニュース専門放送局CNBCの看板番組であるSquawk Boxにおいて、番組MCのアンドリュー・ソーキンとベッキー・クイックによるインタビューに対し、「ビットコインと不動産はFRB(連邦準備制度理事会)によるこれまでの過剰なマネー供給によってもたらされたマーケットの“tumor(腫瘍)”である」と述べていました。

かねてから、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)の可能性に関して否定的で、かつ米国不動産市場の過熱ぶりに警鐘を鳴らしていたタレブの言なので、視聴していた際もさほどの驚きはなかったのですが、暗号資産(仮想通貨)についてはともかく、今の米国不動産までもマーケットの「腫瘍」であると断言したタレブの主張の真意がどこにあるのか測りかねるところもあります。

暗号資産(仮想通貨)は、“中央政府なき通貨”の概念を満たしておらず、中長期的な価値保存機能を持たず、信頼しうるインフレヘッジ機能を果たさず、投資の安全な避難所や専制政治に対するシールドないしは壊滅的テール保護手段を構成することはない、そうタレブは断言します。こうした“ないないづくし”の暗号資産(仮想通貨)と、多くの国々で長期間も優良な現物資産としての実体を持ってきた不動産とが同様の「腫瘍」だと断じているわけではありません。現に、不動産を“another tumor(別の腫瘍)”と言及しているのですから。

大規模な金融緩和によってマーケットにダボついたマネーの行きつく先が株などの金融商品や不動産となるのは、これまでの歴史を紐解けば何度も繰り返されてきたことがわかります。日本のバブル期がそうであったように、過剰なマネーは社会に歪なマネーゲームと拝金主義を蔓延させることになりましたが、その後遺症は長く日本経済を苦しめ続けました。

FRBは2008年から2015年にかけて、フェデラル・ファンドの目標金利を0%から0.25%の範囲に維持し、世界的な金融危機が懸念される中で超低金利政策を導入してきました。Fed(連邦準備制度)はCOVID-19の危機に対応して、2020年3月に金利を再びほぼゼロに引き下げました。

先月、2022年に入って5度目の利上げが実施されました。経済活動を減速させることでインフレを抑えるという目標を達成するため、引き続き借入コストが高くなることはほぼ確実です。FRBがインフレを抑えるために積極的に利上げを行ったため、ニューヨーク市場ダウ平均株価は2022年に急激に下落に転じ、S&P500は弱気相場に陥りました。

タレブに言わせると、FRBが最近までの長きにわたった金融緩和策こそがマーケットにおける「腫瘍」を生み出した原因であるわけですが、もちろんコロナ禍における金融緩和策そのものが誤りであったとまでは述べていません。ただ、インフレの兆候が見え始めた昨年末の段階でも、パウエル議長の見通しは甘く、利上げ判断が遅きに失したという見方は、的を射ていた見解だと思われます。

日米の両経済状況を同じに解するわけには行きませんので、このタレブの診断がそのまま日本の金融政策に対する評価に妥当するとは限りませんが、インフレ退治を優先するFRBやECB(欧州中央銀行)などとは対照的に、経済の足腰が長年にわたって弱くなっている今の日本において金融引締めに舵を切るようなことにでもなれば瞬く間に景気が沈滞してしまう恐れが大ですから、急激な円安の動きに対しても有効な手がなかなか打てない。

円高是正ならまだしも、急激な円安を一時的であれ是正すべく為替介入しようとしても、外貨準備には限りがありますから、円買い介入を連発するわけにはいきません。しかも、FRBは現在の米国にとってドル高の方が好都合だと考えているでしょうから、協調介入も今のところ非現実的でしょう。となれば、しばらくは「なるようになれ」という感じで放置されるばかり。

先月22日、1ドル=145円後半までドル高円安が進んだ段階で政府・日銀は24年ぶりに円買い介入を実施、一時的に5~6円ほど下がったわけですが、月末には介入前の水準に戻っています。ただ、財務省の神田眞人財務官が「ステルス介入」と称しているように、いつ介入するかわからないという懸念から、若干上値が重い展開になっています。

こうした中、世界的なリセッション(景気後退)に対する懸念が、方々の金融関係者の中から聞こえてきています。JPモルガン・チェースやゴールドマン・サックス、モスガン・スタンレーなど各金融機関のストラテジストやアナリストなどだけでなく、先程のナシーム・タレブやタレブが科学顧問を務めているユニバーサ・インベストメンツ代表のマーク・スピッツナーゲル、ブリッジ・ウォーター・アソシエイツのレイ・ダリオ、マイケル・ルイス『世紀の空売り-世界経済の破綻に賭けた男たち』で登場したサイオン・アセット・マネジメント運用管理者であるマイケル・バリーなどは、相当な程度のリセッションを警告しています。

特に、バリーは、2022年の第二四半期にはGEO以外の株式を全て売却したとのことです。ブリストルマイヤーズ、ブッキング・ホールディングス、ワーナーブラザーズ、グーグルアルファベット、メタフェイスブック、ネクスターメディアグループ、グローバル・ペイメンツ、OVV、STLA、ブルーチップの持株全てです。唯一保持しているGEOは民間の刑務所運営会社というのが何と言えばいいのか…。

ともかく、米国の著名なエコノミストなどの多数は、米国が景気後退に入る可能性が濃厚と述べています。株式市場は弱気相場に突入し、FRBは暴走するインフレに対処するためにさらに金利を引き上げ、過熱する住宅市場も減速し始めるだろうと。一般人も、薄々問題が差し迫っているのを感じ取り始めているのかもしれません。Googleトレンドのデータによると、「2022年不動産市場暴落」という用語がピークに達したとのこと。

もっとも、大方の懸念とは違って、今年あるいは来年までにリセッションに入ることはないという人もいます。2025年あたりまではこの傾向は続くと見る人もいるくらいです。ポジション・トークの側面がある可能性も念頭に入れて評価すべきでしょうが、いずれにせよ、未来の不確実な事象を正確に予想・予測することは困難であることだけは確実であって、巷間見られる長期予測なるものは、それこそ言いたい放題の放言集(すべてではありませんが)といった様相を呈しています。

冒頭で紹介したタレブは、確率論を研究する数学者であると同時に、不確実性の認識論をも扱う急進的な哲学者という顔を持っています(本ブログで何度も登場しているので、既に御案内の読者も多かろうと思われますが)。そのタレブが、ノルウェーの首都オスロで開催されたビジネス・フォーラムの中でのFSN Capitalのマネージング・パートナーであるブロード・ストランド・ニールセンとのセッション中、タレブは予測についての考えを説明し、予測することは実際には時間の無駄だとまで主張しました。なぜ予測を忘却するべきとタレブは考えるのか。

周知の通り、タレブは“ブラック・スワン”と呼ばれる概念の父です。極めて稀で予測が難しく、しかし起これば壊滅的な影響を与える事象が、事後的に回顧されると恰も予測可能であったかのように説明されることがあります。このような事象を指して“ブラック・スワン”と呼びます。そして、タレブが強調した点は、この“ブラック・スワン”は主観的であるという点です。

タレブが挙げた例は、2001年9月11日のいわゆる「同時多発テロ」です。タレブは、「陰謀に関わった人々にとって、それは“ブラック・スワン”ではなかった。航空機をハイジャックした犯人らは、それが起こることを知っていた。つまり、“ブラック・スワン”であるか否かは、観察者に依存する」と。そして、こうした“ブラック・スワン”的事象は主観的なものであるため、予測に時間を費やすことは浪費であり、むしろ重要なことは、“ブラック・スワン”が何であれ、それが起きた時でもどうにか対応できるだけの準備ができているか否かに集中するべきだと。

すなわち、「予測を伴わない不確実性に取り組む方法はある。あらゆる種類の予測と予測エラーに耐えるものを構築するようにすることである。…(中略)…重要なのは予測することではなく、予測を通じて世界を理解し、特定の驚くべき事象に確実に対応できるようにすることである」と。

タレブは、予測そのものを全否定しているわけではありません。別のところで、予測することの効用も説いています。ただ、身銭を切ることなく(自らすすんでリスクを背負う行為をするわけではなく)、無責任な放言とかわらぬ予想に振り回されることは愚かなことである。

もちろん、危機が切迫している状況であることが明白であるにも関わらず、危機であることや切迫していることにも鈍感になっている人々が残念ながら多いことも確かであり、予期行動を否定してしまっては早晩吹き飛ぶことになりますので、要するに、不確実性の下での意思決定と世界に対する物の見方が究極的には問われていると言えるかもしれません。

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