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不動産デリバティブへの期待と今後の課題(前)

1990年代初めの所謂「バブル崩壊」による後遺症から完全に抜け切れたとまでは言えない日本経済は、以後もなお、世界でも稀に見る経済成長していない経済として認識されています。

世界的な金融危機であったリーマン・ショックは、元はと言えば、住宅ローン会社の営業パーソンが返済能力に乏しいサブプライム層に融資し、そのローン債券を投資銀行等が買受け、他の債券と組み合わせて、あたかもリスク無き金融商品として世界中の投資家にバラまいたことが原因でした(サブプライム・モーゲージ債という“爆弾”に着火した途端、どこにリスクが潜んでいるかわからない状態となり、一気に信用収縮が起きたのでした)。

日本の「バブル崩壊」もまた、危機の発端を提供していたものの1つが所謂「土地神話」を背景とした不動産投機の過熱で、ろくに担保評価もせずに不動産向け融資を加速させていったことが関係していました。そして、「バブル崩壊」によって、この「土地神話」は脆くも崩壊し、残されたのは大量の不良債権の山だったのでした。

この経験を踏まえ、不動産はあくまでも「リスク資産」の一つであるとの認識が広く共有されて行きます。もっとも、歴史を顧みることなく相も変わらず「土地神話」を信奉している変な不動産業者や不動産投資家もいないわけではありませんが、彼ら彼女らは自覚なしに“ダイナマイトの樽”の上であぐらをかいているのも同然、そう遠くない将来に必ず吹き飛ぶ運命を辿ることになるでしょう。

それはそうとして、リスクが存在する場面では、それをヘッジするニーズが存在するはずです。デリバティブ取引は、このニーズに応えるべくヘッジ手法の一つとして開発されてきました。現在では、為替や金利の分野で不可欠の存在となっています。

その他にも、価格変動等のリスクを回避する目的から、デリバティブは金融取引以外でも活発に利用され、コモディティや電力等に影響を及ぼす天候等、広く利用されるに至っています。現在、店頭金利デリバティブ市場の1日の取引高は優に5兆ドル(1ドル=140円として700兆円)を超えており、デリバティブ市場全体で見ると、実物不動産市場が霞んで見えるくらい桁違いの市場規模であることがわかります。

ちなみに、現在のデリバティブ取引において、金利デリバティブと為替デリバティブがその大半を占めます。特に、金利デリバティブは全世界における店頭デリバティブ市場の約8割を占めており、株式やコモディティ等のその他のデリバティブの取引量は、全体の取引量から見れば少ない。しかし近年においては、クレジット・デリバティブや天候デリバティブといったデリバティブが登場し、その市場規模も拡大傾向にあります。

不動産についても、「リスク資産」の一つとしての認識が広がるに連れて、当然にそのリスクをヘッジするニーズが高まっていくことが考えられ、それに応えるデリバティブ手法について検討されてきましたが、未だ不動産デリバティブが主要なリスクヘッジの手法として日本の不動産業界や金融業界において理解が深められているとまでは言えません。

その代わりといっては何ですが、現在の我が国では、不動産にかかわるリスクを移転する手法としては証券化の手法が最も用いられている手法となっています。証券化は、「特別目的ビークル(SPV: Special Purpose Vehicle)」を介在させることによって不動産の運用益や売却益を担保に資金調達を行い、物件取得と投資家への分配を行う仕組みです。

証券化のフレームワークにおいては、不動産に絡むリスクは「特別目的会社(SPC: Special Purpose Company)」等のSPVに移転されるため、不動産保有者(オリジネーター)からはリスクが転嫁された格好になるわけです。

しかし、証券化の手法だけではリスクヘッジとして完全とは言えません。デリバティブの手法が求められるのはそれゆえなのです。証券化だけではリスクヘッジ手法として不十分であると考えられる理由は複数考えられます。

まず、証券化の手法でリスク移転が容易になったとはいえ、証券化された不動産にかかわるリスク自体がヘッジされた訳ではありません。例えば、証券化不動産から得られる運用益や売却益は物件の当初保有者(オリジネーター)の倒産リスクからはヘッジされていますが、リターンそのものの変動リスクはヘッジされていません。したがって、投資家はリスクに常にさらされた状態のままです。

住宅ローン債券の証券化商品(RMBS)について一瞥すればわかるでしょう。RMBSの購入者である投資家は、住宅価格の下落リスクを負います。このため、住宅価格の下落リスクが高まっている際には、投資家は高めのプレミアムを要求するので、住宅価格のRMBSの組成自体が困難になります。要は、住宅価格の下落リスクをヘッジする手段がなければ、住宅ローンの貸し渋りを行わざるを得ない状況が生じ、その結果、住宅市場に悪影響を及ぼします。

証券化スキームを組成するには、資金と時間のコストがかかります。会計制度の手前、地価変動が企業会計に直接的に影響を与え、決算を見据えた場合、不動産リスクを移転したいと考える企業が増加することを考えるならば、証券化手法がそのニーズに的確に応える手段になりおおせていません。不動産証券化市場におけるセールアンドリースバック取引のようなオフバランス取引は、連結会計基準が見直されて後、非連結と見なされ、企業がオフバランスを目的として証券化を利用することは厳しくなります。

そもそも、不動産は個別性が強いものですから、流動性リスクが顕在化した際のヘッジ手法を考えねばなりません。流動性リスクとは、不動産の保有者が必要な時に必要な価格で当該不動産を売却できないリスクのことですが、不動産保有者が所有不動産の価格下落リスクをヘッジするために売却しようと試みても容易に売却ができず、迅速なリスクヘッジを行うことはできない状況が生じ得るのです。

更に、証券化商品自体の価格変動をヘッジするニーズも考えなければなりません。不動産上場投資信託(J-REIT)等の不動産を金融商品化した商品の価格自体の変動リスクをヘッジするニーズを上手く吸収できなければなりません。通常の不動産市場よりも高い流動性も持つと考えられる不動産資産を運用している市場においては、運用資産総額と時価総額に差がある場合、他の資金力あるファンドからの買収圧力に常にさらされる状況にあります。

このように、証券化の手法だけでは、ことリスクヘッジ手法として十全ではないということがわかります。ここに、不動産デリバティブがこのリスクヘッジの手段として求められる理由があります。

さて、デリバティブとは元来、リスクをヘッジするための手段として開発された金融商品であり、現在価値が他の証券・商品・事象等(原資産)の価格や指標に依存して決定されるような金融商品でした。だから、あくまでderivatives=派生商品なわけです。

例えば、ある株式に対するデリバティブを考えた場合、原資産である株式の株価が変動することによりデリバティブ価格も変動します。その際、デリバティブ価格の挙動は、原資産である株価とは逆に動いたり、もしくは増幅されて動いたりするように、多様なペイオフを持ったデリバティブを組成することが可能です。

原資産の保有者等にとっては、原資産にかかわるリスクに対する有効なヘッジ手段としてデリバティブを用いることができます。例えば、原資産と逆の動き方をするデリバティブを想定する場合、そのようなデリバティブと原資産を足し合わせたポートフォリオのリスクは原資産のリスクよりも小さくなるので、このようなデリバティブを活用することにより、原資産を保有したままリスクをヘッジすることができます。

この分野に関して先端を行っている英米では、様々な形で不動産デリバティブ取引が実施されるようになりつつあります。そのために、後に触れるように、信頼できる不動産インデクスの開発にも力が注がれています。

一方では、米国において住宅価格インデックスによる先物及び先物オプション取引がシカゴ・マーカンタイル取引所に上場され、他方英国では、インデックスを利用したトータル・リターン・スワップ取引が活発に行われるようになってきています。

こうした動きから、十年以上前から専門家・有識者の間で、日本における不動産デリバティブの導入について検討会が開かれ、導入するにあたっての課題も認識されたのですが、それ以後、目立った動きが見られないのは残念なことです。

我が国においても今後、不動産デリバティブ取引が実施され、広く普及していくことになれば、不動産に対する新たな投資機会が提供されることに加え、デベロッパーや不動産所有者が価格下落リスクをヘッジすることも可能となり、例えば、都市開発の際の地価変動リスクのヘッジや減損会計による資産価格の下落リスクの回避、不動産ローンの担保となっている資産の下落リスクのヘッジなど様々な利用可能性が期待できるからです。弊社ブログが何度も強調している「不動産の金融化傾向」にも合致した動きです。

国際会計基準から、企業不動産については時価に応じて評価されますので、そうすると不動産価格が決算等に影響を及ぼします。このため、一般企業経営においても、不動産の価格変動リスクを回避することや、適切な決算対策のために実物不動産を保有したままでのリスク転嫁の要求が生じてきます。不動産デリバティブは、その有力な手段になりえますし、実物不動産の利用者は、地価変動による攪乱を回避しながら安定的に不動産を利・活用することができます。

加えて、不動産デリバティブの先物商品が上場されることで、先物市場の価格発見機能を通じて、現物市場の価格に対するアンカー機能を果たし、地価の急激な変動緩和に資する可能性もあります。例えば、地価に大きな影響を及ぼす金利等が大きく変化することが予想されている場合に、急激な地価上昇局面において先物価格が示されることによって、市場の自律的機能を通じて一方的な地価上昇期待に歯止めをかけることもありえますし、急激な地価下落局面において、先物価格が一方的な地価下落期待を緩和する効果も望めます。

このような不動産市場への正の側面が考えられる一方で、負の効果をもたらすことも考えられます。デリバティブの特性上、投機的取引が極端に増加すれば、デリバティブ商品の価格が乱高下することによって、実物不動産市場の価格変動が拡大してしまう恐れもあるからです。

長くなりましたので、この辺の事情を、不動産デリバティブの具体的な仕組みの説明とともに次回詳しく見て行きたいと思います。

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