不動産の金融化傾向の必然性(前編)

不動産特定共同事業法を利用した不動産クラウドファンディング事業が好調であることについて、以前本ブログで触れたことがあります。不動産特定共同事業とは、複数の投資家が共同事業として不動産に出資し、不動産取引や運用を介して収益を分配する事業です。

その規制法である不動産特定共同事業法は、多くの投資家から出資を募ることで比較的大きなロッドの物件を扱えるようにして不動産の効率的な利用・開発を間接的に促すと同時に、出資者である投資家を一定程度保護することを目的として制定された法律です。資金調達手段としての特別目的会社(SPC)を活用した特例事業の門戸が開放され、更には、新設法人における不動産特定共同事業の許可基準が明確になり、参入事業増加や活発化の促進がなされました。

同法施行直後は利用のためのハードルが若干高かったために、ごく一部の業者にしか利用されませんでした。しかし、数度の改正によって利用しやすくなり、投資に関心を持つ層の裾野が拡がったこともあって、今のところ順調に伸びています。事業会社の資本金や出資金要件緩和によって、中小規模事業者の参入障壁が取り払われなどの環境整備が進んできたことが要因の一つであるように思われます。

その背景には、不動産証券化技術の進化、ファンド組成による不動産ビジネスの知名度向上、資産運用に関心を持つ個人投資家の増大、投資家の投資意欲を効率よく吸収するネット取引の普及、金融機関の融資姿勢の変化等があります。加えて、小規模物件の証券化においてネックとなっていた証券化のための多額のコストが、契約書やデューデリジェンス等の諸費用の定型化・簡易化の進行、準備期間の短縮化等によって数億円程度の小口案件の証券化でも採算が取れるようになってきたからです。

証券化の技術を利用した不動産小口化商品の隆盛は、不動産の金融化傾向の必然的かつ不可逆的な帰結と言えます。これからの不動産取引の中で全てとは言わないまでも、おそらく主流を占めていくことになろうかと思われます。証券化技術が発達すると、資産のオフバランス化や新たな資金調達手段の確保あるいは既存資産のバリューアップ等を実現しやすくなるからです。

金融機関とタイアップして個人投資家向けのノンリコースローンを利用した、不動産証券化を伴わない融資形態での不動産商品を売り出している建築請負会社もあります。ノンリコースローンの小ロット化も進んでいます。

また、単一のSPCを用いて複数のノンリコースローン案件を随時組成することが可能となるマルチアセットプログラム(MAP)と呼ぶスキームでは、ローン金額で数億円くらいの小規模不動産にも対応可能です。通常のノンリコースローンと比較しても、SPC設立と運営に係るコストが大幅に低下し、そのことによって、小規模案件でもさほどのコストをかけずにノンリコースローンによる資金調達が可能になっています。これも、不動産の金融化傾向の一つとみることができるでしょう。

このように、投資家にとっての利点ばかりが注目されがちな不動産証券化技術ですが、もちろん不動産業者にとっても利点があります。例えば、証券化された不動産を運用して管理業務を受託したり、テナント募集・仲介による手数料収入を得たり、ファンドの出口での売却に伴う手数料収入の獲得といった一連の流れのどの段階においても、ビジネスの種はあります。しかも、先行して不動産証券化を手がけた実績そのものがその業者の信用力を上げ、先進的業者としてブランド力を高め、業域拡大に繋げることも期待できます。

実は、この傾向を予言していたといってもいい人物がいました。50年も前に亡くなった人物ですが、文化勲章や勲一等旭日大綬章受章の栄に浴した日本を代表する民法学者である我妻栄博士(1897‐1973)です。

我妻栄と言えば、法解釈学に多少とも関わったことのある者ならば誰もが知る大学者ですが(刑事法学における団藤重光や平野龍一のような、いやそれ以上の知名度があるかもしれません)、『民法講義(全八巻)』(岩波書店)などの業績で知られる通り、その学説は長く我が国の民法解釈の通説的地位を占めてきました(もっとも、全ての論点において我妻学説が通説であるというわけではありません。例えば、受領遅滞責任の法的性質をめぐる解釈ではいわゆる法定責任説が通説でしたが、我妻説は契約責任説に立脚していたはずです)。

東京大学法学部教授退官後、最高裁判所長官就任の打診があったもののそれを断り、学究としての生涯を送りました。最近亡くなった安倍晋三元首相の母方の祖父である岸信介元首相と旧制第一高等学校(現在の東京大学教養学部前期課程)以来の友人で(もっとも、その思想的立場は大きく異にしていましたが)、東京帝国大学法学部時代には長期休暇を利用して二人で勉強合宿をしたり学問談義に興じたりと、大学の首席を競い合う仲だったとのことです。

その我妻栄の代表作の一つである『近代法に於ける債権の優越的地位』(有斐閣)は、我が国の民法解釈学における金字塔とも言うべき不朽の名論文として夙に知られています。この書で我妻は、財産権の中心が物権から債権に移りゆく実態を捉え、所有権絶対の問題として論ぜられてきた事柄が、今日では金銭債権の威力として考えられなければならなくなったことを分析しています(後編に続く)。

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