世界最高峰のレースの一つである第101回凱旋門賞(GⅠ)が、日本時間10月2日23時頃、フランスのパリ郊外のブローニュの森の中にあるパリロンシャン競馬場で行われました(5年ほど前は、改修工事のため、臨時にシャンティ競馬場で開催されたと思いますが、ロンシャンに復帰した際にパリロンシャン競馬場と改名されました)。日本馬は史上最多の4頭が出場。だが残念ながら、いずれも惨敗。
強いて言うなら、横山和生騎乗のタイトルホルダーが4コーナーあたりまで逃げ、それなりの見せ場を作りました。とはいえ、結果は日本馬最高の11着。日本馬残り3頭もそれ以下の着順に終わり、レース自体は、ルーク・モリス騎乗の英国馬アルピニスタが今年の凱旋門賞を制しました。
凱旋門賞の歴史の中での日本馬最高成績は、1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、2012年と2013年のオルフェーブルが残した2着。日本競馬界の悲願とも言うべき凱旋門賞制覇まであとわずかというところまで迫るも、なかなか勝ちきれない。この辺が、凱旋門賞がそんじょそこらのGⅠではないという証しなのかもしれませんね。
それはそれとして、株式や不動産の投資家の中には、中央競馬もしくは地方競馬の競走馬を保有する馬主でもあるという方をたまに見かけます。ただその中で、競馬の競走馬の保有を“投資”と位置づけている人となると滅多にいません。“投資”といっても、不確定要素があまりに多く、それによって結果が大きく左右されてしまう“不確実性の塊”みたいなものですから、その馬を所有することによる広告宣伝効果自体を狙いとするのならば別として、こと経済合理性の観点から言うと、競走馬の獲得賞金やその後のいわゆる“種付け料”目当てだとするならば不合理な選択です。
競馬発祥の地である英国では、ウィンストン・チャーチル元首相が「ダービー馬の馬主になるのは、一国の宰相になることより難しい」と述べたと言われるほど(私は、このチャーチルの言の典拠を直に確認したことはありませんが)、ダービーのような大きなレースで勝利する名馬のオーナーになることは栄誉なこととされています。だから、競走馬に対する投資は経済合理性の観点だけでは計られない、もはやそのものに対する愛着と熱情から来る“Passionate Investment(情熱投資)”の一つとされています。
ここでは具体名を伏せますが、東京優駿(日本ダービー)やジャパンカップを制覇した馬を保有し、北海道や本州の各地に広大な競走馬育成施設を持つ馬主に二度ほど招待され、その施設を見学したことがあります。ウッドチップを敷き詰めた坂路など本格的な育成施設や放牧場があり、構内を少し歩くと、オーナーが訪問した際の宿泊施設まで完備されていたりもします。あまり他人の生活に関心がない性格の私ですら、この時ばかりは羨望の念を禁じえませんでした。
馬主といっても、個人馬主・法人馬主・組合馬主の類型があり、それぞれ厳しい審査を通過しなければなれません。個人馬主に関する限り、最近では審査基準が大幅に緩和され、(1)過去2年間の所得金額が1700万円以上かつ(2)継続的に保有する純金融資産が7500万円以上という要件が課せられています(地方競馬ではもう少しハードルが低い)。
これだけ聞くと、「私でもなれそうだな」と思われる方も多いでしょうが、そうは簡単なことではないようです。(1)と(2)の要件を充たし、ギリギリ資格審査をクリアしたとしても、競走馬自体が高額なものですし、保有できたとしても厩舎に預託しなければなりませんから、厩舎に支払う預託料を毎月払い続けなければなりません(私が耳にした話では、馬1頭あたり毎月70万円ほどの預託料が最低必要となります)。馬主になる審査基準は大幅に緩和されたとはいっても、依然としてハードルは高いというのが現実でしょう。
ところで、個人馬主が所有する馬の出走により得た賞金は事業所得になるのか、それとも雑所得として扱われるのか。結論から言えば、ケースバイケース。つまり、事業所得に該当するかは、規模や収益の状況等を総合的に勘案して判断されます。
ここでは、所得税基本通達が参考になるでしょう。これを見る限り、競馬法14条の規定による登録を受けている競走馬で、①その年における登録期間が6月以上であるものを5頭以上保有している場合か、あるいは、②その年の以前3年以内の各年において登録期間が6月以上の登録馬を2頭以上保有しており、その年の前年以前3年以内の各年のうちに競走馬の保有に係る所得の金額が黒字の金額である年が1年以上あること、この①か②の要件を充たすとするならば、事業所得として扱われることになりそうです。
事業所得として扱われるのか、それとも雑所得として扱われるのかは、馬主にとって重要な関心事であるはず。というのも、競走馬は多額の経費を伴いますし、取得価格は減価償却費として必要経費に計上されるので、損失を計上することができます。その損失を事業所得に係る損失として他の所得と通算できるかどうか、手残り金額は相当違ってきます。
つまり、事業所得して課税されると譲渡損失が生じ、事業所得がマイナスになった場合には、他の所得と損益通算が可能となる一方、雑所得扱いとなって総合課税されると、譲渡損失が生じる場合は生活に通常必要でない資産の譲渡に該当しますので、原則として他の所得と損益通算はできません(但し、競走馬の保有が事業に至らない規模のものとして雑所得に該当する場合には、その損失を競走馬の保有に係る雑所得から控除することが可能)。
競走馬にも法定耐用年数があり、競走馬の減価償却方法は定額法が採用されます。通常の競走馬は4年で、繁殖用・種付用が6年とされていますが、減価償却開始時期は購入時からすぐに開始することはできません。競走馬登録が終了した月から開始されます。
ちなみに、馬主に支払われる賞金がどうなっているか。気になる方は結構いるのではないでしょうか。既に御案内の方も多いと思いますが、改めて確認してみますと、賞金額からその額の20%に相当する金額と60万円との合計額を控除した残額の10%に相当する金額が源泉徴収されます。源泉徴収済の金額が、翌日の朝(土曜日開催の場合には、翌々日に)にJRA(日本中央競馬会)から振り込まれることになります。例えば、年末のGⅠグランプリ有馬記念やジャパンカップの1着賞金は3億円ですから(2022年から、有馬記念とジャパンカップの1着賞金は4億円に)、馬主の口座には約2億7600万円が着金していることになります。いやはや、羨ましい限りです。