『金融大狂乱-リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか』を読む

既に絶版になっていますが(Amazon等を通じて、中古品が出品されています)、ローレンス・マクドナルドとパトリック・ロビンソン共著『金融大狂乱-リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか』(徳間書店)が非常に面白い書なのでおすすめです。

この書を読み返してみると、リーマン・ショックの顛末は今も私たちに様々な教訓をもたらしてくれることが改めてわかります。私個人も友人も正にその渦中にいた者に該当するので、事の消息を逐一書き出せば分厚い本が出来上がってしまうほど言いたいことが山ほどあるわけですが、それはさておき、本書は小難しい金融技術の内容に触れるものではなく、リーマン・ブラザースに在籍していた元社員であるローレンス・マクドナルドが、破局へと向かって行くリーマン・ブラザーズの内情を綴ったノンフィクション作品です。

若干気になる点があるとすれば、著者自身はサブプライム・モーゲージ債は危険であるとの警告を発していたものの、CEOだったリチャード・ファルド率いる経営陣が間抜けだったからこうなったというような“弁明”と“恨み節”が些か目立つといった感じでしょうか。そういうところも本書の魅力と言えば魅力なのでしょう。

しかし、本書の最大の魅力は、そこではありません。本書の最大の魅力は、サブプライム・ローンの貸出についての描写です。これが滅法面白いので、騙されたと思ってぜひ手に取ってお読みいただければ、ここで言っている意味が理解されるだろうと。

サブプライム・ローンとは、返済能力が乏しい(それだけに貸倒リスクが大きい)低所得者向けの住宅ローンです。米国の住宅バブルの時、住宅ローン会社のセールスパーソンは、与信のない者にまで審査フリーパスの状態でローン契約を取り付けるよう奔走しました。

当時流行していた住宅ローンは、収入も仕事も資産もない人(No Income, No Job, no Asset)でも借りられることからニンジャ(Ninja)・ローンと呼ばれ、借り手に所得証明書の提示を求めない無審査ローンであり、金利は1〜2%。更には、住宅価格に対して110%のオーバー・ローンが実行されるため、住宅を買っても更にポケットに金が残るというものでした。

もちろん、こんな有利な融資は何か裏があるに違いありません。ニンジャ・ローンは当初の金利こそ1〜2%であるものの、数年後には5〜10倍にまで跳ね上がるという設計のローンでした。つまり、融資実行から数年後には金利が5倍から10倍に跳ね上がると同時に、元金返済が加速度的に始まるという設計。とりあえず顧客を借入れに踏み切らせることだけを目的とし、目先の条件を可能な限り取り繕うことのみを考えたのでした。当然、これが住宅ローンの債務不履行の激増をもたらすことになります。

「何で、そんな馬鹿な契約にサインしたのだ?」と思われるでしょう。ところが、それにも実は裏があって、この契約にサインした人は、全米有数の農業地帯であるストックトン周辺に集中していました。このストックトン周辺の識字率は、全米で最低水準にありました。住宅ローンのセールスパーソンがサインさせた顧客の半分は、契約書を理解できるどころか、読むことさえ怪しい人たちだったというのです。

何でこんな貸し方をして住宅ローン会社が成り立っていたかと言うと、当時の米国ではウォール街の投資銀行がどんなローン債券であろう買い取ってくれたからです。だから、住宅ローン会社は回収可能性や貸倒リスクなど構うことなく、ただ単に貸出残高を増やすことのみに邁進していくことになりました。

では、なぜ投資銀行は、リスクあるローン債券を買いまくったのでしょうか。住宅ローン債券を纏めて買い取り、証券化商品としてリスク加工を施し、この証券化商品に格付会社が高い格付けを与え、金を余らせた世界中の投資家がこの“鼻クソを丸めて作った団子”に群がったからです。ここで用いられたのが金融工学でした。あくまで比喩ですが、リスクのある債券を様々な債券と抱き合わせることによって、さもリスクが上手く取り除かれたかのような見かけをした債券に生まれわらせる技術、言うならば、泥水を浄化して真水にするような技術の一つとして証券化の技術が採用されました。終には、リスクが見えなくなってしまった投資家の方からハイリスクな金融商品を作ってくれとの要求が来るという本末転倒な状況が訪れたのです(この点に関しては、本書のみならず他の類書でも触れられているので、御存知の方もおられるかと)。

本書の著者は、先ほど述べた通り、リーマン・ブラザーズの社員でした。しかし、著者マクドナルドはリーマンのディストレス債券部門に属していました。投資銀行にとって債券トレード部門は花形部署のはず。ところが、著者マクドナルドは、大した能力もない癖に自分たちより大金を稼ぎ出しているサブプライム・ローンの証券化部門の連中の活躍が気に食わない。何かおかしな点があるはずだと不審に思い、わざわざサブプライム・ローンの貸出現場まで視察に赴き、当時全米2位を誇った住宅ローン会社ニューセンチュリー社のセールスパーソンにリーマン・ブラザーズの社員であるという身分を隠してインタビューします。この執念深さは強烈です。

レストラン内のバーのカウンターで、2,3人の”ボディビルダー”みたいな体格の男たちが登場します。彼らがそのニューセンチュリー社のセールスパーソンです。真昼間からビールを飲みながら、「住宅ローン販売は世界一のビジネスだ」と豪語しつつ、30万から60万ドルという年収を誇らしげに語っている描写があります。著者マクドナルドらによれば、この男たちは、なぜだかわからないけれど、判で押したように筋肉ムキムキで、肌は浅黒く、頭はスポーツ刈りのボディビルダー風の出で立ちだったそうで、車はフェラーリやジャガーを乗り回し、高級オーデコロンの臭いをプンプンさせ、レストランのウェイトレスには100ドルのチップを渡すという、バブルを絵に描いたような振る舞いをしていたらしい。この辺りの会話が面白く、時に“ドン引き”してしまうようなことまで書かれています。例えば、こんな感じです。

Q.「金利の見直しによって、債務不履行が広がる可能性を考えたことはないのか?」

  1. 「知ったこっちゃないね。俺たちの仕事はローンを売るところまでだ。そのあとのことは、ほかの連中の問題だよ」。

Q.「低所得者たちが金利の見直し後も返済を続けられると思っているのか?」

A.「そう願うけど、払えなくなったらスラム街へ戻ればいいだけの話だろう」。

Q.「住宅ローンを提供する前に、収入や審査を書類で審査しているのか?」

A.「とんでもない。必要なのは自己申告だけさ。うちは無審査が売りなんだ。審査なんかしてたら商売はあがったりだよ」。

こんな調子のニューセンチュリー社のセールスパーソンですが、中でもトップスリーは上記住宅ローンの販売事業によって3年間で実に7400万ドルの報酬を手にし、成績優秀者にはバハマへ豪華客船で行く旅行までプレゼントされたのだそうです。船上では、「我々は世界一の住宅ローン会社だ。ウェーイ!」と叫んでいたのも束の間、1年後、同社は吹き飛びました。

この教訓は、ボディビルダーみたいなセールスパーソンには用心しろということではなく、リスクを理解し、自らもリスクを取らない人は基本的に信用できないというかもしれません。というのも、リスクがない時の人間は、眼前の現実が見えなくなるもの。鼻クソを丸めて作った団子に群がる一団の一人に絶対にならないという保証はない。これは誰にもあてはまることなのだと自らへの諫めとしたいものです。

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