リスク管理と中国不動産市況の行方

戦後日本の資本市場の歴史は、大雑把に2つに分けられるように思われます。前半は、輸出大国日本が主導した数十年にわたる奇跡的な経済成長と、それがもたらした好調な市場リターンに特徴づけられます。後半は、「バブル経済」が崩壊し、その後始末が遅々として進まず、そのうち1997年を境に、ディスインフレないしはデフレレーションに突入して以後、多少の浮き沈みはあるものの、日本経済の弱体化が顕著になった点に特徴づけられましょう。かつて“JAPAN AS NO.1”と呼ばれていた日本経済は遠い過去の記憶の彼方へとなってしまいました。

ところで、金融市場では、ファンダメンタルズに基づく合理的な成長が、非合理的なバブルに転化する現象がしばしば見られます。1989年末のピーク時には、日本の株式市場の株式時価総額は米国株式の時価総額を上回り、更に皇居の地価がカリフォルニア州の全地価を上回ると推定されるなど、日本市場は株式と不動産の「双子のバブル状態」にありました。

バブル崩壊後の後半は、むしろ日本経済の「没落」を世界に印象づけるものとなっています。1990年代には、金融市場と不動産市場における「双子のバブル」が急速に崩壊し、経済成長は鈍化しました。この時期に、日本は世界で初めて、「少子高齢化」という人口統計学的課題を抱えた経済大国となり、また世界に先んじて、貯蓄過剰とディスインフレによって短期金利と長期債利回りがゼロ金利環境となり、ある意味世界の「先端」を行く羽目に陥りました。

日経平均株価は、バブル期のピークである3万9000円に未だ達していません(時価総額加重型、トータルリターン型指数は、バブル期に近い水準に達しましたが)。海外にリスク資産とりわけ米国株と不動産は、失速した日本のリスク資産よりも遥かによいパフォーマンスを示しています。しかし、長期にわたって日本の投資家が外国資産をヘッジなしで保有すると、その為替リスクに悩まされることになりました。円高傾向は長く続き、1995年に最初のピークを迎え、2012年の終わりには更に高いピークを迎えました。

他方、バブル崩壊以来、日本株式が低迷してキャッシュがゼロ金利となる中、債券は低利回りにもかかわらず正のトータルリターンを安定して提供し、多くの日本の金融機関が好んで投資しました。

日本は、1970年代に石油危機でインフレ率が高騰した後は、ディスインフレのみならずデフレを経験した主要国で唯一の国となりました。日本政府及び日本銀行は様々な財政・金融刺激策を講じましたが、1~2%のインフレを起こすことさえ極めて困難でした。全体として、日本は「高齢化」・「過剰貯蓄」・「低金利」・「長期停滞」と闘うための政策の「実験場」と化していたのです。

債券利回りは1980年代と1990年代に急落しましたが、「双子のバブル」に対処する日銀の引締政策によって反発した後は、ゼロ金利政策によってまずキャッシュ金利が、続いて債券利回りがゼロになり、それに加えて量的緩和が実施されました。日銀による大規模な資産購入は債券から始まりましたが、株式にも拡大されました。この点は、世界の国々が日本の例に倣わなかった稀な例外と言えるでしょうか。

株式市場の利回りは異なるパターンを示しています。配当利回りは1970年代から1980年代にかけて低下しましたが、これは株式市場のバリュエーションがますます高くなったことを反映しています。株式市場の利回りは1989年に底を打ったものの、長期にわたって低水準で推移していた後は、2008年に日本国債10年物の利回りを上回り、その後も上回ったままです。配当利回りには潜在的な配当成長率(及び自社株買いや買収など他の株主還元)が含まれないこと、国債利回りがインフレ期待を反映しているのに対し配当利回りと国債利回りのスプレッドがマイナスであることは、政府日銀の努力を反映していますが、日本の配当成長率やインフレに対する市場の低い期待値も反映しているものと思われます。

日本における主要な投資家タイプの1つである確定給付(DB)型企業年金の状況を見ておきましょう。米国のDB企業年金の資産配分と比較すると、一貫して株式比率が日本は米国より低いですが、近年の株式比率の低下・オルタナティブ資産への配分増といった傾向は共通していることがわかります。日本の企業年金の予定比率の平均は2%強と米国と比較して低く、より保守的な資産配分のおかげで2008年の世界金融危機での傷は浅く、その後の「アベノミクス」の期間を経て積立水準も良好です。しかし楽観は禁物であって、今後は、「低期待リターン」という難題に真正面から直面することになるでしょう。

海外まで目を向けると、市場の高いバリュエーション、欧米でのインフレの急上昇、遅れてはいるが積極的な中央銀行の政策引締め対応などが重なり、2022年は各種資産のオーナーにとって厳しい年となりました。債券の実質利回りは上昇し、そのマイナス水準が他の多くの資産クラスの高いバリュエーションを正当化していたため、株式市場も広範囲にわたって下落します(但し、低流動性資産にはスムージング機能があり、プライベート市場への波及は今のところ緩和されています)。

そう言う私に対して、米国在住の友人などからは、「急速な痛み(資産価格の下落)」がある程度実現したため、「緩慢な痛み(低期待リターンの持続)」の懸念は過ぎ去ったのではないかと問われます。残念ながら、その答えは「No」というのが私の意見です。少なくとも、欧米市場に関して言うならば、資産の利回りは、過去平均を下回って史上最低水準に近く、それは特にプライベート資産で顕著です。更に、インフレ問題は深刻であり、中央銀行の金融引締めは金融市場が予想するよりも長く続く可能性があります(とはいえ、例えば過剰貯蓄などのファンダメンタルズ的な要因によって、債券利回りの上昇は抑制されると思われますが)。

というのも、いくつかの懸念材料が存在するためです。かいつまんで言うと、①資産価格が高騰し利回りが低下することにより、将来のリターンが前借されており、ここ数十年の「棚ぼた」的な利益の借りを返さなければならない時期が近付いていること。②債券だけでなく、多くの資産クラスは過去に比べて割高であること。③低い期待リターンを受け入れられる投資家はほとんど存在せず、難しい選択は先送りにされおり、利回り追求が報われた時代は終焉を迎えつつあることが考えられるからです。

歴史的に低い債券利回りと高い資産価値によって、期待リターンが低くなっていることは良く知られています。一方、多くの投資家は、資産価格が更に上昇したことで高い実現リターンを享受したことを忘れてしまっています。本来ならば、投資家がこの矛盾を認識し、支出計画と投資計画を見直すべきなのでしょうが、実際はそうなっていません。

「リスクをとる」そして「問題を先送りにする」やり方は、過去10年間には極めて上手く行きました。それは主に、中央銀行による金融緩和のおかげです。世界金融危機以降のこの時期は、低成長・低インフレ・低金利という、実現リターン以外のあらゆるすべてが低い時期だったと言えましょう。これは、未来からのリターンの「前借り」だとも言えます。通常の借入れではなく、歴史的に低い利回りと歴史的に高い資産価格によってもたらされた「棚ぼた」的な利益と言い換えることもできるでしょう。これによって金融危機後の実現リターンは上積みされたが、2020年代半ば以降には違った局面に転じる可能性を想定に入れて投資行動すべきかもしれません。

当然、投資家はリスクをとらないと正のリターンを得ることができません。但し、リスクテイクは効率的に賢く行うことが特に重要であり、また遅かれ早かれ失望するリスクが高い状況では、特に注意深くリスクテイクを行う必要があると言えるのではないでしょうか。

「結果バイアス」とは、ある意思決定の良し悪しを、その結果の良し悪しと同一とみなす傾向のことです。長きにわたる低パフォーマンスを静穏に受け入れられる投資家は少ないですが、同時に、過去の実績に過剰反応することは長期的な成功に繋がらないという点の認識も必要です。実現リターンにおいてランダム性が実力よりも大きな役割を果たすことは、数か月、いや数年にわたって起こり得ます。良い投資にも厳しい時期は必ずやってきます。

簡単な解決策がないが、誰でもより良い結果に向けて努力することはできます。投資における「静穏」とは、「変えることのできないこと」、すなわち短期的またはある程度長期的には投資の結果はランダム性に左右されることを投資家が受け入れ、「コントロール可能なこと」、すなわち運用プロセスと意思決定の質を高めることによって期待リターンを高めることに集中すべきです。

実質利回りが下落し資産バリュエーションが上昇することで実現リターンがかさ上げされる中、ほぼすべての資産クラスにおいて「棚ぼた」的利益を数十年にわたり享受してきました。債券利回りが低いだけではない。ほぼすべての資産が過去に比べて割高になっていると思われます。資産価格は、市場が期待する将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いたものの総和です。株式や低流動性資産の期待リターンも史上最低の水準にあると思われます。債券利回りほど一見して明らかでないだけです。

投資における優位性を考え出すのは困難な一方、その優位性を失うのは簡単。リターンの源泉を見分けるスキルがあり優位性を得られる場合でも、忍耐強さ、リスク管理やコスト管理ができていないと優位性を無駄にしてしまいます。

いかなる投資においても、ポートフォリオ視点を優先する。すなわち、ある投資の単独での結果ではなく、その投資がポートフォリオ全体のリスクにどう影響するかを問う。大胆な戦術的タイミング戦略よりも、長期の戦略的投資を選好する。これは、戦術的リターン予測の難しさ、忍耐強さか不足がもたらす危険な結果に基づく考えです。投資見通しが当たった時に大成功するポートフォリオよりも、多くの異なるマクロシナリオの下で頑強さをみせるポートフォリオを選好する。リスク管理においては「生き残ること」が第一であり、見通しの大当たりを狙うのはあくまで贅沢なことであって、多くの人にとって長期的なリターンの低下という代償を払うことなる。リスク管理は、次の日を戦うための力を確保するものでなければなりません。

ところで、2022年に中国GDPの2%に相当する負債を積み上げた中国の恒大集団(Evergrande Group)及びその子会社であるSkyline HoldingsとScenic Tourが、先日、米国ニューヨークの裁判所に連邦破産法第15条の適用を申請したという報道が世界を駆け巡りました。

一昨年にデフォルト危機を招いていた会社なので、早晩こうなるとは予想されていましたが、それが恒大集団一社に限られた問題ではなく、他の不動産デベロッパーにも当てはまる事態であるだけに、現在の中国経済の深刻さを物語る事件として大々的に受け取られたものと思われます。

ただ、この一連の出来事は、『ブラックスワン-不確実性とリスクの本質』(ダイヤモンド社)の著者ナシーム・ニコラス・タレブ博士の言う、予期できない稀な事象である「ブラックスワン」ではなく、紛れもなく予期可能な「ホワイトスワン」だということ。

恒大集団は、中華人民共和国広東省深圳市経済特区に本社を構える、1996年に許家印(Xu Jiayin)によって広州市で設立された総合不動産開発会社です。このグループは中国最大の不動産デベロッパーのうちの1つで、280以上の都市で1,300以上のプロジェクトを展開しています。また、クリーンエネルギー自動車、観光、スポーツ、金融、ヘルスケア、年金などの他の産業にも関与していることでも知られています。

数年前には、同社は「フォーチュン・グローバル企業500」のリストに入り、2021年には152位にランク付けされるほどの勢いを誇っていました。しかし、同年9月に同社の債務危機が明るみに出て、サプライヤー、債権者、投資家への債務の支払いが遅延しているとの報道がなされ、その額、およそ3000億米ドル。これにより、昨年には「香港交易所(香港証券取引所)」での取引が停止されるに至りました。

米連邦破産法15条の規定は、内国法人ではない、複数の国が関与する破産事件に関して適用される規定です。この規定により、外国企業は業務を再編し、一般債権者からの資産の差押え等防ぐ時間を稼ぐことができます。

恒大集団の米連邦破産法15条適用の申請という報道は、中国の不動産セクターが抱える問題が中国経済の他の部分に波及するのではないかとの懸念が高まる中で発表されただけに、取り上げられ方も大きくなったのでしょう。景気刺激のために金利は引き下げられましたが、これにより人民元も下落し、米国など海外の住宅ローンコストが上昇しています。

恒大集団の申請書によると、香港とケイマン諸島で進行中の再建手続きに言及されています。実は、恒大集団は、オフショア債務再編計画を遂行するために何か月も取り組んでおり、7月には、香港の裁判所から今月オフショア債務再編計画についての承認を得ていました。

ただ、恒大集団とその子会社は債務超過で債務全額の支払いは厳しいと考えていたので、米国での破産保護を求め、以って債権者による一般差押えにより会社資産の目減りを防ぐとともに、訴訟が一元化され、会社が秩序ある形で再建計画を提案する時間を確保することを企図して、破産法適用の申請に出たものと考えられます。

破産申請が裁判所に受理されれば、すべての債権者は法的手続きに従って請求しなければならず、恒大集団再建の望みは不可能ではない。最近だけでも、米国の裁判所に破産申請した中国企業の例を見ると、米国の裁判所で行われる関連司法手続きの承認を求めることを目的としており、一連の手続きは企業再建プロセスにおける一般的な慣例と化している向きもあります。

恒大集団とその子会社の破産申請が世界経済にどのような影響を与えるのかは、当然ながら未知数。そこで、「中国版リーマンショックの到来」とやや大仰な表現で事態の深刻さに警鐘を鳴らす人もいれば、リーマンショックとは構造が異なる点を指摘し、1990年代初めの「バブル崩壊」との類似点を指摘し、今回の事態が世界経済にもたらす影響は限定的なものにとどまると主張する人もいて、両極端な見解に分かれています(もっとも、日本のバブル崩壊とも構造は異なっているように私個人は思いますが、1990年3月に出された土田正顕大蔵省銀行局長(当時)通達いわゆる「総量規制」と、2020年8月の、共産党中央政治局が決定した「3つのレッドライン(三道紅線)」という、意図的な不動産市場暴落政策が重なることは確かでしょう)。

正確な統計数字が明るみに出されていない以上、誰も明確な判断をすることは難しいのではないと思うものの、事が中国の不動産セクターだけに留まるのならばいざ知らず、仮に金融セクターに多大な影響を与えるとすれば、そう悠長に構えているわけにもいかなくなるのではないかという向きも確かにあります。

また、恒大集団に続いて、同社より更に規模の大きな碧桂園(Country Garden Holdings)のデフォルトリスクが高まっています。今月には期日を迎えたドル建社債の利払いを実行できず、30日間の猶予を設けていますが、来月始めにはおそらく、デフォルトに至る可能性は大。しかも、同社は本年上半期の最終損益で約1兆円の赤字で、株価も最安値を更新しています。

かくして、恒大集団、碧桂園のみならず、次々にデベロッパーのドミノ倒しのようなデフォルト連鎖が起きると、不動産バブル崩壊は決定的なものとなり、不動産市場の低迷によって地方政府の債務問題も再浮上し、少なく見積もってGDPの3割を占める不動産市場の崩壊は、金融・生産・雇用を直撃するやもしれません。

中国の地方政府は、土地利用権をデベロッパーなどに売却することで財政を潤してきました。「地方融資平台」と呼ばれる地方政府の資金調達事業体(Local Government Financing Vehicle= LGFV)は、道路や空港、電力設備などのインフラ整備の資金を賄うために債券を発行してきました。こうした債務の返済に充てる収益は地方政府からの資金注入に頼っているわけですが、国内の不動産不況で、土地利用権の売却収入に頼る地方政府の財政は急激に悪化してしており、LGFVの債務問題も浮上している有様です。


ただ、これだけ見れば、中国経済の景気低迷によってじわりじわりと世界経済へ悪影響をもたらすことが予想されこそすれ、リーマンショック級の津波が日本経済を直撃するとまで考えている人は今のところ少ないようです。

とはいえ、LGFVが発行した債券の市場規模は9兆ドル(約1300兆円)に上ります。IMF(国際通貨基金)は、LGFVの債務は約66兆元債券市場に飛び火するようなことにでもなれば、対岸の火事とばかりに傍観していられません。

国際通貨基金(IMF)は、LGFVの債務がここ数年で倍増し、その額は約66兆元(約1320兆円)に達し、そのうち本土債は約13兆5000億元(270兆円)と推計しています(中国の非金融社債市場の約4割に相当)。このLGFV債を商業銀行の資産運用部門や保険会社、投資信託、証券会社、ヘッジファンドなど、様々な金融機関がエクスポージャーを抱えていると言われ、その正確な数字は把握できておりません。救いなのは、外国人投資家は、LGFVそのものが極めて不透明であることもあって手を出しているのは少数にとどまり、債券投資家の大半は中国勢が占めるという点でしょうか。

実態が明るみになっていない部分もあるのではっきりしたことは言えませんが、今のところ、特に日本の不動産市場に「恒大ショック」が直に襲来して市況を大きく変えてしまうようには見えないので、慌てず、しかし動向をこまめにチェックしておくに越したことはないでしょう。

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