利上げと変動金利

流動性の供与とデフレからの脱却を企図して、日本銀行の黒田東彦総裁の主導の下で行われてきた“異次元金融緩和”政策が、2012年末から今年で10年を迎えます。資産価格の変動が金融政策変更の原因になる一方で、逆に金融政策変更の結果として資産価格の変動がもたらされるという双方向性を持つことは明らかになってきています。つまり、資産価格と金融政策の各々の変動が他方の変動をもたらす相互因果の関係を持っていると考えられています。だからこそ、不動産市場の動向を見ていく上で、金融政策は無視できません。

日本の不動産市場は、この“異次元金融緩和”の“恩恵”を受けてきました。デフレからの脱却という大目標を掲げた安倍晋三政権の掲げる“アベノミクス”の“第一の矢”としての金融政策と歩調を合わせる形で市場に供給された大量のマネーは、株や不動産といった資産に流入し、株高や不動産価格の上昇基調を演出してきました。そうした中で、再び不動産投資も盛況となり、不動産投資家の裾野も広がりを見せました。それもこれも、金融政策あってのことです。

コロナ禍やウクライナ危機に伴うサプライチェーンの毀損からの回復遅延や労働力不足など複数の原因から各国でインフレ懸念が広まってきています。景気が程よいスピードで上向きつつある際に、物価が漸進的に上がっていく緩やかなインフレ基調であるのならば大いに歓迎すべき事態ということになりますが、足元の経済は消費や投資が冷え込んで弱っている状態であるにもかかわらず、輸入物価の高騰に引きつられるだけの物価の上昇は、ともすれば最悪の状態ともいうべきスタグフレーションへの懸念を呼び起こしもします。

米国のFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が表明したように、米国では数度の利上げが実行されようとしています。欧州中央銀行(ECB)も、そう遠くない時期に米国と歩調を合わせることになるでしょう。対して、日本はそうは行かない事情があります。ただでさえ足元の経済は脆弱なままで金融引き締めにかかれば、景気の腰折れどころか、国民経済にとって大打撃となる事態が予見されるからでしょう。

日本がゴールデンウィークの最中の5月4日、米国ではFOMC(米金融政策決定会合)の結果公表が行われ、FRBは従来幅の2倍となる0.50%の利上げを決定し、更にバランスシート縮小による資産引き締め方針も決定したところ、金融引き締めが企業業績の下振れにつながりかねないとして米株式は頭重い推移が続いています。足腰が堅牢な米国ですらそうですから、ましてや日本で利上げがなされるとするならばどうなるかは火を見るより明らかというわけです。

こうしたマクロ経済全体に対する影響だけでなく、不動産市況の動向に直接つながる問題もあります。利上げがなされると、当然に住宅ローンなどをはじめとした様々な「金利」のベースラインが上がります。仮に、日本でも利上げがなされるようなことにでもなれば、主として住宅ローンを組んでいる国民にとって大きな痛手ともなりえます。

先述の通り、米国だけでなくEUや英国も、金融緩和策から利上げへと舵を切ろうとしています。米国では、物価上昇率が政策金利よりも遥かに高い数値を示しており、これが急激な利上げの理由になっています。例えば、5月9日時点の米国の10年債利回り、いわゆる「長期金利」をみると、その利回りは3.14%となっており、市場は金利上昇を織り込んでいるのでしょう。利上げの局面では、それに先んじて長期金利が上昇していく性質があることも理解できます。

日本の長期金利は5月9日時点で、0.244%と徐々に上昇しています。長らくマイナス、ないしはゼロ金利といわれてきた日本の政策金利に対する長期金利市場の反応は是非とも注目すべき材料です。日本においても米国同様、インフレ率と政策金利に乖離が生じており、3年物や5年物の日本国債は日銀の指値オペ対象とはなっていませんでしたが、利回りがプラス域になることが多くなっています。要は、日本にもコスト高による物価上昇の影響が金利市場から現れています。

いきなりそうなることはないとは思いますが、仮に日銀がインフレ抑制を過剰に意識してテーパリングの実施ないしは利上げの方針を打ち出すとするならば、変動金利で住宅ローンを組んでいる人々に無視できない影響を及ぼす可能性があります。よもやそういう人は少ないとは思いますが、固定金利だと借りられない金額を、変動金利で借りられるというケースがままあり、そこから借りられるだけ借りるという借入れ方法をとった人にとっては、金利上昇は命とりとなりかねません。変動金利は金利が上昇すると、場合によっては固定金利よりも高い金利を支払わなければならないこともあるからです。

日本の銀行はほとんどがまっとうな銀行なので、貸付先の返済能力を十分慎重に考えて貸付けしますが、リーマンショック直前の米国では、数年後何倍もの金利に跳ね上がる内容の契約を伴ったサブプライム・ローンを事情も知らぬ人々に組ませた業者がごまんといました。そして、当然のことながら返せなくなった債務者は次々と住宅を差し押さえられて行きました。

もちろん、日本の金融機関はそのほとんどがまともな金融機関なので、そのようなことはありませんが、もはや資本主義とは言い難いくらいの異例の金利が継続している今の状況が続くと想定して、変動金利でギリギリまで借入を行うことは、リスクに対してあまりに無防備です。一度、金利が上がると、そこから固定金利に乗り換えようとしても現在より更に高い高い金利で固定されてしまうことになります。

もっとも、変動金利のローン商品は、金利の見直しが半年ごとですから今日明日にでもどうなるというわけではありません。また、住宅ローンにおける5年ルールで一定程度守られているので、方々で阿鼻叫喚がこだまするということまではないかもしれません。そうはいっても、借入元本の返済が結果的には遅れることになるので、支払総額としてはやはり上がってしまうことに変わりありません。

いずれにせよ借入の際は、物価上昇率や長期金利の推移などを意識しつつ、市場動向に目配せしておくべきでしょう。

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