抵当権設定登記を抹消しないままでの不動産売買に潜むリスク

ほとんどの場合そういうことはないですが、稀に数十年前の抵当権設定登記がそのままになった状態で当該不動産の売買契約を締結してしまう人がいます。被担保債権は既に完済して消滅しているはずだし、数十年前のことだから何かあっても消滅時効の主張ができるはずだという考えがあるのかもしれません。

通常は、売買契約を締結するに前提として、売主に対して抵当権設定登記の抹消登記を求めるはずですが、何らかの事情で、どうしても当該土地を必要とする買主が取り急ぎ売買契約の特約として売主の抵当権登記抹消義務を除いて契約を締結するということはあり得ます(もちろん、通常はそのような恐ろしいことはやりませんが)。

抵当権は被担保債権の存在を前提とする非占有型担保物権で、この性質を“付従性”と言います。つまり、抵当権を設定する原因となった債権(被担保債権)があってこそ抵当権が設定できるということになります(一部、付従性が緩和されている例外はある)。ということは、被担保債権が完済によって消滅したということは、抵当権の原因となるものが消滅したということになりますので抵当権も消滅するはずで、だからこそ通常の取引では、残存している抵当権の設定登記を抹消登記するよう請求するわけです。

売主に対する抵当権登記抹消義務を排除する特約を設けて売買契約に踏み切った買主としては、この抵当権を放置しておくわけにはいきません。というのも、被担保債権の譲受人あるいは相続人と称する人が現れてきて、不動産競売の申立てが行われるという可能性がわずかながらでもあるからです。

抵当権設定登記が残っている場合、抵当権の登記名義人から不動産競売の申立てが行われると、抵当権の登記名義人は登記事項証明書を執行裁判所に提出することによって、判決正本等の債務名義がなくとも、抵当権実行開始の申立てを行うことができる旨、民事執行法で規定されています。抵当権を設定する目的が、そもそも優先弁済権の確保と同時に、確定判決を経てそれを債務名義として執行裁判所に差し押さえてもらう手続きを要さずに済むというメリットがあるからで、これは当然のことです。

裁判所により抵当権実行開始決定が行われた場合には、債務者または不動産所有者の方から争う方法として、執行抗告または執行異議の申立てを行う方法、抵当権不存在確認の訴えを提起する、ないしは、民事保全法の規定に基づき抵当権不存在確認の訴えを本案とした抵当権実行禁止の仮処分を行うことになるでしょう。

だから、買主としては、所有権者となった後、早々に抵当権登記名義人の協力を得て抵当権登記抹消の共同申請を行うか(古いものなら、そもそも抵当権登記名義人の所在すらわからないケースもありえます)、登記名義人が非協力的である場合は登記手続請求訴訟の確定判決に基づいて単独で登記抹消申請を行うか、いずれにしせよ登記抹消を行わねばなりません。

ところが、この一連の手続きにおいて買主は、被担保債権が弁済もしくは時効によって消滅した事実について主張立証する必要がありますが、果たして詳細な事実関係を把握していない買主にとってそれが容易なことなのか、必ずしも容易とまでは言えない(つまり主張立証が困難)な場合もあり得ます。

抵当権登記名義人が自然人ならば、かなり昔に抵当権が設定登記されたものであったとしても、相続が発生していて相続人調査に手間取ることは大いにあり得ることだし、調査しても所在不明のままであったならば、不在者財産管理人や相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申立てた上で、裁判所から選任された者に対して登記抹消の協力を求めるという迂遠な手続きを経ることになります。

では、登記名義人が法人である場合ならどうか。これなら自然人と違って相続人調査に手間取ることはないと思われがちですが、その法人が清算結了していることもありえます。判例では、清算結了の登記がなされていても、現務の結了がなければ、会社の法人格は消滅しないということなので、結了当時の清算人に対して登記抹消の協力を求めれば済むということになるでしょう。但し、結了時の清算人が死亡していたなどというケースも十分考えられることです。そういう場合、裁判所に対して清算人の選任申立てを行う必要が出てきて、結局迂遠な手続きになってしまいます。

急ぎのあまり、抵当権設定登記を抹消せずして売買契約を締結したはいいが、抵当権設定登記を事実上抹消できないという事態だけは回避したいもの。買付後に抹消登記すればいいと気楽に考えるのは、上に記した通り、登記抹消が著しく困難なる可能性がある極めて危険な行為なので、極力避けるようにせねばなりません。

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