2023年、東京の不動産市況の動向

世界的金融危機への潜在的不安が払拭されたとまでは言えない状況ながら、2023年上半期の日本の不動産市場は欧米諸国のそれと比較して安定的に推移し、世界の投資家の注目を集めているとの意見が方々で聞かれますが、楽観視は禁物。下半期は、日本の物価上昇継続による金利上昇や世界経済の成長鈍化による景気後退懸念を見据えた慎重な投資行動が求められることは改めて言うまでもありません。

ロシアのウクライナ侵攻に端を発したエネルギー危機(必ずしも、そればかりに帰せない事情があるものと考えますが、それは本稿の主題ではないので割愛します)、急激な物価上昇によるインフレ過熱を食い止めるための米欧の政策金利上昇によるキャップレート拡大、あるいは金利上昇による流動性低下などにより、多くの世界の不動産市場が急速に減速していることは、報道からも知られています。

日本の物価は上昇に転じましたが、その程度は今のところ限られており、日本銀行は金融緩和政策を継続する意向である旨、就任したばかりの植田和男総裁は述べました。したがって当座は、ローコストな資金調達環境に変更はなさそうです。その結果、国内経済は低成長ながらも安定的に推移し、日本の不動産市場も同じく当座は安定性を示すだろうと思われます。

また、日米・ユーロ圏の金利差拡大による円安も、世界の機関投資家等の日本の不動産市場への資金流入を後押しする格好になっています。コロナ後の経済活動の再開、ペントアップ需要の出現、政府による大規模な財政刺激策と相まって、低いながらも安定した成長が期待される反面、とりわけ米欧では、大幅な金融引き締めの影響で景気が減速する可能性が高いため、下半期には外需悪化による、成長率が下振れリスクを抱えた状態である点に留意しなければならないものと思われます。

日本経済の需給ギャップは、日銀推計によると、過去10四半期連続でマイナスとなっていますが、2022年第3四半期の需給ギャップは0.06%とゼロに向けて回復しており、需要不足の解消が見込まれ、物価上昇圧力が一段と強まるのではないかと考えます。

また、金融政策においては、2022年12月20日に、日銀金融政策決定会合は、イールドカーブ・コントロール(YCC)の上限目標を0.25%から0.5%に引き上げることを発表しました。日銀は金融緩和政策の変更ではないと述べましたが、市場は実質利上げと受け取り、2023年1月5日の新規発行10年国債の入札での落札利回りは、YCC上限で0.5%に達しました。これは、7.5年ぶりの高水準です。日本円のオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)10年物金利(日銀YCCの対象外)は0.9%近い水準で取引されており、市場が日本円の長期金利の適切な水準を0.5%より遥かに高い水準とみなすと考えられる場合、国債利回りが0.5%前後の水準で推移し続ける場合、日銀による更なる政策改定の可能性もあります。

しかし一方で、消費者物価上昇を加味した実質賃金は、2022年11月に-3.8%と8年半ぶりの大幅低下となりました。政府や日銀が物価安定の前提としている、物価安定と賃金の安定というプラスのスパイラルが機能せず、個人消費の減少による日本経済の低迷が懸念されていることは、植田新総裁の記者会見でも示されていました。したがって、急激な値上げ加速などの極端な状況が起こらない限り、日銀総裁が交代したからといって直ちに金融政策の大きな変更、すなわち金融緩和の停止が実施される可能性は低い。

但し、YCCに関して継続は難しいのではないかと私個人としては強く考えるわけですが、仮に金融緩和政策からの脱却を図るのであれ、2023年半ば以降の物価上昇動向、賃金上昇動向、世界経済動向を踏まえた上でなされるものと考えるのが妥当であろうと思われます。諄いようですが、市場における長期円金利は1%程度と見込まれており、年内にYCCの目標金利を同水準に切り上げる可能性を排除することしない方が賢明のような気もします。

よほど極端な事情がない限り、短期間で急激な金融緩和政策変更による金利の急上昇は可能性小と考えられますので、国内金融機関の低コスト不動産ファイナンスは当面変わらず、引き続き不動産市場に流動性を供給していくと見られます。そうすると、不動産投資の長期基準金利に対する利回りスプレッドは相当程度確保でき、高金利に伴ってキャップレートの上昇に伴い不動産価格が下落し続ける世界の他の市場に対する日本の不動産投資市場の相対的優位性は、少なくとも2023年上半期まで続くのではないかと思われます。

但し、下半期以降の急激な金融緩和政策の変更による金利上昇リスクに加え、世界経済減速による外需弱体化による国内経済減速リスクの高まりから、金利感応度の高い資産クラスや防御的資産クラスに注目が集まるかもしれません。加えて、COVID-19の入国制限や国内活動制限がほぼ解除されたことで、インバウンド需要回復への期待から、需要喪失により厳しい状況にあった小売施設やホテル物件に目をかける投資家も現れることでしょう。

内閣府の業況判断指数研究会は、直近の景気ピークは2018年10月、経済の谷は2020年5月と判断しています。オフィス賃貸の空室率は、ピークから約2年後の2022年第2四半期に底を打ち、その後2年間上昇を続けました。COVID-19によって課せられた複数の制限は、景気回復を遅らせ停滞を長引かせましたが、景気循環分析に基づいて、空室率上昇が2023年には鈍化し、逆転の兆しすら見せています(但し、空室率上昇は2023年下半期に鈍化すると予想されこそすれ、賃料水準は空室率変動に遅延するので、賃料回復は年末になるかもしれません)。

95%以上という、大都市圏の賃貸住宅の安定した高い稼働率と1~2%という安定した賃料の伸びは、若者の継続的流入によって支えられています。しかし、2020年からのCOVID-19のパンデミックにより、東京を中心とする南関東圏への人口流入の状況は変化し、2020年と2021年には南関東圏の人口流入が減少しました。特に、遠隔地で教えていた学生、帰国外国人、業績が悪化した外食業やホテル業界の労働者が賃貸借契約を解約し始めたことで、単身者向け賃貸住宅の稼働率や賃料水準が低下したことが原因と見られます。

しかし、2022年11月の時点で、2022年の純流入はすでに2020年の純流入の126%に回復しており、COVID-19が単身者の賃貸住宅に及ぼす悪影響は2023年に解消され、占有率と家賃の伸びはCOVID-19以前のレベルに戻ると予想されています。

このような人口動態環境の中で、コア機関投資家は東京の賃貸住宅市場への投資を継続することが期待されていますが、最大の懸念は金利の上昇です。東京の取引利回り水準は3.25%程度まで低下しており、今回YCC目標を0.25%修正したとしても、DCF法に基づく資産価値に相応の影響が見込まれます。過去数年間の集合住宅賃貸住宅のキャップレート圧縮の着実な傾向は、機関投資家、特にさらなる利上げのリスクを負う外国人投資家が既に引受において割引率を上方修正しているため、2023年に変化するでしょう。

気を付けねばならないことは、以下のことです。すなわち、キャップレートについては、2020年、2021年とCOVID-19感染の見通しが不透明であった一方で、商業市場の見通しや将来の賃料水準も不透明となったため、投資家は防御的となり、キャップレートの拡大が発生しましたが、上記の市況回復により、キャップレートは2023年度も横ばいで推移するものと思われますが、考慮すべきより重要な要素は、金利上昇に対する機関投資家の懸念です。金利上昇の合理的なリスクを想定して引受適用キャップレートの上方修正が行われた場合、引受価額はそれに応じてマイナスの影響を受けることになります。金利動向によっては、最悪のシナリオでは、2023年半ば以降にキャップレートが横ばいから拡大に転じることは否定できません。

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