CEATEC2022

不動産とは直接関係ないことですが、今月18日から21日まで千葉県の幕張メッセにおいて、CEATEC2022が開催されており(オンライン開催に関しては1日から31日まで)、私も休日を利用して参加してきました。経済発展と社会課題の解決を両立する“Society 5.0”の実現を目指し、あらゆる産業・業種の人と技術・情報が集い、“共創”によって未来を描くという開催趣旨です。

2019年以内、3年ぶりの開催となったCEATEC2022の最大テーマは、「デジタル田園都市」とのこと。会場には、日立製作所、東芝、NEC、SONYなどの日本の名だたる大企業や理化学研究所や情報通信研究機構といった国立研究開発法人、米国、英国、フランス、インド、ポーランド、デンマーク、カナダ、アラブ首長国連邦、台湾の9つの国/地域の政府機関や企業、様々なスタートアップ企業や大学の研究室がブースを構え、平日にも関わらず多くの来場者で賑わいを見せていました(テクノロジー系の見本市は人をわくわくさせるもので、私は朝から夕まで6時間ほど会場にへばりついていました)。

中でも、本ブログでも取り上げた“メタバース(metaverse)”関連のブースが特に賑わいを見せており、将来ほぼ確実に飛躍的成長が見込まれるこの分野に対する期待が大きいことを改めて認識させられました。また、量子確率論に触れる研究分野に従事してきたこともあって、その応用形態である量子情報科学分野に対する関心の高さを見るにつけ、良い兆候のように思われます。

個人的には、この量子暗号技術関連のブースが最も強く惹かれました。量子コンピューティング技術を利用した設計情報の最適化、量子暗号技術を利用した高秘匿伝送実験に関するNEC、NICT、京都大学、慶應義塾大学の共同研究など社会実装に向けた量子暗号の研究開発、あるいは理化学研究所の量子コンピュータ研究センターで行われている量子技術開発には、知的興味だけでなく、長期的な視点からみたビジネスへの応用についての想像が掻き立てられました。

量子情報科学は新しい分野なのでその全体像は今も明らかになったとは言えませんが、量子テレポーテーションや量子暗号の研究は進化の真っ最中です。量子誤り訂正やショアによる素因数分解アルゴリズムなど複雑な量子過程については未解明な部分が残されていますが、いずれにせよ、この量子情報科学の進展は人類の科学技術の飛躍的な進歩をもたらすとともに、量子エンタングルメントに関する法則をはじめとする量子系の普遍的理論を探ることに寄与することになるに違いありません。

情報科学の前提は、情報とは単純に数学的なものとは言えず、それを具体的に表現する物理的実体を随伴しているという認識です。従来の情報科学では、情報を表現する物理的実体は古典物理学の法則に従いますが、量子情報科学では、量子力学の法則に従う物理的実体が情報を担います。古典的情報の基礎資源がビットで0か1の値をとるのに対して、量子情報科学ではキュービットで0と1を含むような重ね合わせ状態をとり複数のキュービットが量子エンタングルメント状態を示すことがあります。

門外漢であることを承知の上で、乱暴にアイディアの核心を整理すると、情報科学の基本的な考えのステップはこういう感じです。すなわち、

①情報を表現する物理的資源の特定。古典的にはビット列がこれに該当します。いかなる情報も0と1が物理的対象に符号化されることにより表現されます。

②実行可能な情報処理の仕事の特定。情報源からの出力をビット列に圧縮して、それを復元する仕事がその典型です。

③仕事の判定基準の特定。復元したビット列が圧縮前の状態と完全に一致することです。

情報源からの情報保存に必要な最小ビット数問題は、エントロピーと情報の概念とを結びつけて通信の概念を一変させたクロード・シャノンによって解決されました。この「シャノン・エントロピー」と呼ばれる情報量に関する表現は金融市場の分析にも応用されています。

エントロピーとは、ある物理系のマクロ状態を実現するミクロ状態における個数の一測度と定義され、実際には状態数の対数として表現されることは、ルートヴィヒ・ボルツマンによる定式化によって明らかにされました。ミクロ状態の個数が最大の場合のマクロ状態、つまりはエントロピー最大の場合のマクロ状態は、仮にどのマクロ状態にも等しいアプリオリな確率を付与するならば最大のアプリオリな確率を持っています。だから、ある系が特定の時点にエントロピーが最大でないマクロ状態にあるのなら、後のある時点に系が高エントロピー状態に移行する確率が高いというのが、熱力学第2法則についての統計的説明です。

仮に、時間対称的立論に徹するのなら、同じ理由が系の“以前”のある時点にエントロピーがより高い状態で見い出される確率が高いということになるでしょう。しかし、そう推論することは、第2法則の適用における経験的妥当性に反するように見えてしまいます。

私たちが現実の経験に基づいて第2法則を適用しているのは、“過去”についてのみです。なぜそうするのかと言うと、“過去”から“未来”へのエントロピー増大についての知識を既に持っているからです。そうすると、確率に関してそれを過去に適用することを排除すべきとなりそうですが、一体いかなる理由でこの排除を正当化できるのかという難問が提起されるでしょう。

エントロピーと情報の概念を接続するアイディアを示したのはボルツマンであり、本格的に研究したのがクロード・シャノンのThe Mathematic Theory of Communicationです。エントロピーとは情報であり、それゆえ情報は第2法則に従って時間的に増大していきます。情報を「負のエントロピー=ネゲエントロピー」といい、したがってエントロピー増大は情報の喪失を意味するので、ここにおいて意味論的問題に逢着することになります。

一見パラドクスに見えるこの意味論的問題に対して、シャノンが情報測度をプラスの符号を伴うエントロピーと定義しているところが注目されます。エントロピーとは可能態的な知の測度であり、他方ネゲエントロピーとは現実態的知の測度です。

そうすると、シャノンの言う熱力学的マクロ状態の情報とは、あるシグナルの新しさの値の期待値と定義できます。なぜなら、あるシグナルの新しさの値とは、このシグナルを他のすべての可能なシグナルから区別するために決定されなければならないオールタナティヴの個数と定義できるからです。

その大前提を踏まえ、量子情報科学では先述の通り、ビットがキュービットに一般化されます。この複数のキュービットが集まると、2つ以上の量子的対象が示す量子エンタングルメント状態を示すことがあるというのが決定的な違いとなります。

量子力学における所謂「コペンハーゲン解釈」では、物理系の測定を行う意識的観測者によって量子波動関数が崩壊します。これは所謂「シュレーディンガーの猫」の思考実験を喚起した量子力学解釈であり(シュレーディンガー自身は、もちろん「コペンハーゲン解釈」に納得せず、そうであるからこそ、不条理が帰結する思考実験として「シュレーディンガーの猫」の例を提示しました)、この考え方の不条理の一端を示すものと捉えられています。

波動関数の「波動」とは、三次元空間を満たす媒質の振動の伝播という意味での実在の波動を指すものではなく、対象の状態を表す物理量の測定値がどのような確率で得られるかを表現する「確率波」を意味します。確率計算の公式が振幅と位相を持つ「波動」によって表現されることが量子論の統計的解釈の基礎にあり、シュレーディンガーの波動力学にある波動関数とハイゼンベルグの行列力学の遷移確率の計算アルゴリズム間の数学的同値性に物理的意味を付与したのが、マックス・ボルンが提示した「確率波」の概念です。

この解釈は、ハイゼンベルグが述べる通り、粒子性と波動性の相補性を現実態と可能態の様相的区別として表現することと捉えることを可能にします。ミクロな物理対象の観測における可能態から現実態への不可逆的移行は、同一の波動関数によって表示されるミクロな物理的対象の測定が同一の測定値を与えるとは限らないという意味で非因果的過程です。多くの可能性の中でなぜ特定のこの可能性が現実化したかについては理由を与えることはできません。

コペンハーゲン解釈における可能態の現実化という意味での波束の収縮は、量子論の数学的定式を観測によって得られた統計的データと結合する時に使用されるメタ言語の中で言及されるに過ぎず、対象言語としての数学的定式においては語られないという不都合があります。そうした不都合を回避することができる古典論の延長として量子論を捉える路線(ヒュー・エヴェレット三世によって初めて提起された相対状態解釈ないしは多世界解釈)をとるにせよ、確率がどのように排除され、またどのように取り込まれているのか判然としない点が依然として残ります。

逆に、コペンハーゲン解釈の方向性を極端に推し進めた見解の一つと理解することもできるジョン・ホイーラーによって提案された「参加型人間原理」では、崩壊を引き起こす意識的観測者が存在します。そこでは、意識的観測者を含まない可能性のある宇宙は自動的に除外されることになります。

ところで、量子情報理論は、多くの研究者に対して「存在」の根底すなわち「究極的実在」は情報であることを示唆しています。ジョン・ホイーラーはこの運動の提唱者ですが、同様にヴェドラルは「情報は物理的である」と主張し、ポール・デイヴィスは情報が「実在」であり「存在論的基礎を占有している」ことを示唆しています。どちらも、情報は素粒子やエネルギーよりも基本的であると主張していることで共通しています。

ホイーラーのテーゼ「ビットから実在へ(It from bit)」に沿って情報を把握し、それゆえ実在は離散的なデジタルな性格を持ち、究極的には質問に対するYes/Noの返答によって表示されるBITを元にした事態こそが実在であると考えます。このテーゼは、Science and Ultimate Reality: Quantum Theory, Cosmology, and Complexityにまとめられているシンポジウムの記録集の中にある「真のビッグ・クエスチョン」という名で、ジョン・ホイーラーが居並ぶ高名な科学者たちに向けて述べた時の一つのテーゼです。

このシンポジウムで基調講演を行ったのが、後にも触れるウィーン大学教授アントン・ツァイリンガー博士で、アラン・アスペ博士とジョン・クラウザー博士とともに2022年のノーベル物理学賞を共同受賞しました。それはともかく、この時のツァイリンガー博士の講演題目は、「なぜ量子か?ITはBITからなるか?参加型の宇宙か?-ジョン・アーチボルト・ホイーラーの遠大かつ先見的な三つの問題と実験量子物理学者への刺激」というものです。ここで、ツァイリンガー博士は、「いつか我々は、物理学全体を情報という言葉で理解し表現できるようになるだろう」というホイーラーの考えと同一の考えを表明しています。

量子情報科学に対して、国の総力を挙げて莫大な資本を投下しているのが中華人民共和国です。中華人民共和国を領導する中国共産党中央は、近い将来、量子力学的知が全世界を席巻すること必至で、特に軍事・安全保障の分野において量子暗号や量子コンピュータの科学技術の先端(AIとか5Gが云々といっているレベルではない!)を走る国家が世界の覇権を握ると予見して、その基礎研究に日本とは比較にならぬ莫大な資本投下や人的資源の投入を行っています。

現在の習近平政権の前政権である胡錦涛政権の頃、ヤン=ミルズ理論で知られる高名な物理学者で米国籍を取得していた楊振寧博士(1957年ノーベル物理学賞受賞)を祖国に連れ戻して中華人民共和国の国籍を取得させ、清華大学に特別の研究室とポストを用意するなど破格の待遇で迎え入れました。清華大学での講義の際に胡錦涛国家主席が直々に出迎えに行ったというぐらいの厚遇だったといいます。

その影響を受け、現在この分野での研究をリードする潘建偉博士は、1970年に中華人民共和国浙江省に生まれた物理学者です。現在は中国科学院が管轄する安徽省の中国科学技術大学の常務副学長や中国科学院量子信息・量子科学技術創新研究院院長を務めるとともに、オーストリア科学院の外国籍院士で、国家の「十代科学人物」に選択されています。

26歳でオーストリアのウィーン大学に留学し、先のツァイリンガー教授の下で研究して後に帰国し、現在は量子情報理論分野の権威者として世界的に知られる学者になっています。ほぼ間違いなく、いずれはノーベル物理学賞を受賞することになるでしょう。

2017年に潘建偉博士を中心とした開発チームが世界初の量子通信衛星「墨子号」を長征2号で打ち上げに成功するという大事業を成し遂げたことは、世界に大きな反響を巻き起こしました。「墨子号」開発にあたっては、中国科学技術大学を中心として、中国科学院の上海技術物理研究所、北京本院光電技術研究所、上海微小衛星工程センター、紫金山天文台、国家天文台などの研究所や大学が一体となり協力体制が敷かれていたといいます。

この「墨子号」の打ち上げの際、ツァイリンガー博士がリーダーを務めるチームが欧州宇宙機関(ESA)と協力して宇宙と地上を結ぶ通信を試みた実験を成功させています。事の重大性を理解した米国ウォール・ストリート・ジャーナルは一面を使って、「米国は中国に量子通信技術について負けてしまったのか?」と報じたほど。2018年には、物理学界において世界的に権威のある学術雑誌Physical Reviewの速報誌であるPhysical Review Lettersに実験結果の速報が掲載され、それがトップニュースとして表紙を飾ったりもしました。

今回のCEATEC2022では、不動産関連のブースはあまり見かけませんでしたが、住宅メーカーや仮想オフィス空間に関するものなどいくつかのブースはありました。現在の不動産業界の業務内容とは直接にはリンクしないものであっても、おそらくは思わぬ形で関係ができてくるかもしれないと思いつつ、幕張メッセの会場を後にしました。21日までの開催(午前10時から午後5時まで)で参加自由ですが、入場にはオンラインでの登録が必要なので、もし興味のある方は、この点ご注意をば!

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