最近の市場と経済を観察していると、どうも不均衡 (安定性の喪失) に向かっているようにしか思われないわけですが、しかしこれは、我々が主として主流派の経済学(厳密にはその一部である新古典派経済学と言った方が正しいのかもしれませんが)で学んだこと、つまり系は均衡に向かうというテーゼとは正反対になります。
そして、均衡は理論的には良いように聞こえるかもしれませんが、現実には持ち堪えられません。なぜか?市場と経済は、想定されている以上に複雑で動的な社会システムだからかもしれません。つまり、時間の経過とともに絶えず変化しますし、その上思わぬ波及効果があります。世界には80億人の人間が、合理的であるか非合理的であるかを問わず、独自の「偏見」に突き動かされてもいます。
多くの人が「均衡」と「合理的市場」の考えに固執するかもしれませんが、この一連の考え方に同意せず、反対に説得力のある発見をした人が少数いました。だが、以下の2人に勝る者はいないでしょう。一人目は、ハイマン・ミンスキー博士と「金融不安定性仮説 (別名「ミンスキー・モーメント」)」。そして、二人目がジョージ・ソロス博士と「再帰性理論 (別名再帰的な金融システム)」 です。
なぜ、それらが重要なのか。「ミンスキー・モーメント」から見ていきたいと思います。ハイマン・ミンスキー博士はポスト・ケインジアンの経済学者として知られ、20世紀後半にかけて精力的な仕事をしてきました。しかしそれ以上に、彼は素晴らしい思想家でもあり、革新的な著書Stabilizing and Unstable Economy(1986) を著しました。残念なことに、ミンスキー博士の研究のほとんどは、主流派経済学者によって無視されてきました。
しかし、2008年の世界金融危機(GFC)の後、すべてが変わりました。多くの人がミンスキー博士の仕事を整理し、彼が2001年から2009年の間に起こるであろうことの戦略を効果的に書いていることに気づきました。したがって、ミンスキー・モーメントが生まれました。
ミンスキー博士は、リスク許容度と信用の間のフィードバックループを通じて、市場と経済に内在する不安定性について書いています。しかし、最も重要なことは、穏やかな期間が将来のボラティリティの種となる形式及びその逆の形式についてです。彼は、これを「金融不安定性仮説(FIH=Financial Instability Hypothesis)」と呼び、「ミンスキー・モーメント(Minsky Moment)」として知られています。
『金融不安定性の経済学』の第9章「金融取引契約と不安定性」では、頑健な金融構造から脆弱な金融構造へ推転のメカニズムが検討されています。ミンスキー博士によると、不安定性の要因の一つは、産業化された経済が金融を必要としていることにあります。経済が発展していくにつれて資本資産を取得するための投資やその資産の所有も外部金融を必要としますし、生産がより資本集約的になり、投資財の相対的費用が増加するにつれて、不安定性が更に悪化します。というのも、資本主義経済においては、債務者が所得の生産によってではなく、新たな債務を負うことによって得た現金によって古い債務を返済するという金融のハイブリッドができる可能性があるからです。
また、ミンスキー博士は、キャッシュ・フローを重視し、所得キャッシュ・フロー、バランスシート・キャッシュ・フロー、ポートフォリオ・キャッシュ・フローの3種類の基本的な類型にキャッシュ・フローを分類します。所得キャッシュ・フローは、貨幣が所得循環に付随して循環し、最終生産物の販売によって生じる支払に限定されず、バランスシート・キャッシュ・フローは、既存債務によって支配され、元金と利子の双方を含むキャッシュ・フローは、債務証書の契約条項によって決定される一方で、ポートフォリオ・キャッシュ・フローは、資本資産や金融資産の所有者が変わることによって発生し、かかるキャッシュ・フローは、資産の取得・売却や新規債務を経済循環に投入する意思決定の結果として生じます。
さて、FIHには2つの大きな主張があります。
第一に、外的ショックと内的ショックの両方が市場の危機を引き起こすということです。多くの経済学者は、暴落や危機は外部事象からのみ発生すると考えています。例えば、9.11による価格の崩壊などです。または、ロシアがウクライナに侵攻し、ヨーロッパで原油価格が急騰した時など。
しかしミンスキー博士は、危機に繋がる内部事象もあると主張しました。認識が変化した時などにクレジットブームに拍車がかかり、破綻は避けられません。例えば、投資家が平穏な時期に自己満足に陥ると、より多くのリスクとレバレッジを引き受けます。だが最終的には、このように積み重なった追加のリスクと負債のすべてが、自然に転換点に達します(民間債務が永遠に増加することはない)。そして突然、認識が変わります。そして、リスクを取る行動は、リスク回避とレバレッジ解消に向けてスナップしていきます。群衆は急いでポジションを清算し、価格の下落や信用収縮が起こり、したがって下値を増幅させます。1929年や2008年の市場を想起すればいいでしょう。
リスクテイクからリスク回避へのこのスナップは、ミンスキー・モーメントの一部です。別の言い方をすれば、良い時期は、将来の悪い時期の種となります。逆もまた、然り。最終的には過剰販売、恐怖、レバレッジ解消が終わり、リスクテイク行動が戻ってくるからです。
第二に、民間経済の金融体制には3つの段階があり、それらはすべて独自に不安定性に向かっているということです。それは、消費者または企業が債務の元本と利息の両方を返済するのに十分なキャッシュフローを作る時のヘッジされた金融から始まります。これが最も安全な体制です。ヘッジ金融に従事する経済主体が未払いの債務のすべてを返済できるほどの十分な額の実現キャッシュ・フロー及び期待キャッシュ・フローに直面しているならば、その経済主体はヘッジ金融を行っていることになります。投資のための債務の一切ない、自己資本比率の極めて高い企業です。
次に、投機的金融が来ます。すなわち、借金の利子を返済するのに十分なキャッシュフローしかない場合です。これは、心配な体制です。つまり、投機的金融とは、ある経済主体の支出バランスシート・キャッシュ・フローが期待所得受領額を上回り、それゆえ、それに唯一の対応できる方法は負債を転がすもしくは負債を増加させることになります。負債を転がす経済主体は投機的金融に従事していることになります。そして最後に、ポンジ金融が来ます。すなわち、キャッシュフローが利子も元本も返済できないため、古い借金を返済するために常に新しい借金が必要になる場合です。これは、持続不可能な体制です。
ミンスキー博士は、投機的金融やポンジ金融を行っている経済主体は、支払契約を履行するために、資産や負債を販売するポートフォリオ取引に従事する必要がある一方、ヘッジ金融に従事している経済主体は、ポートフォリオ取引を行わなくても、負債に対する支払契約を履行することができると主張します。もっとも、ヘッジ金融を行う経済主体も、資産取得のためにポートフォリオ取引に従事するかもしれないが、これは専ら経営戦略上の判断であるにすぎなく、満期が来る支払契約額と比べ、所得キャッシュ・フローが不足することで取引に迫られているわけではありません。平穏状態から、ブームにそして、負債デフレへと循環していくうちに、企業の金融はヘッジ金融から、ポートフォリオ金融、ポンジ金融へとキャッシュ・フローが悪化していくわけです。
金融不安定性仮説の両方の部分が互いに影響し合っていることがわかります。したがって、ミンスキー博士によれば、金融危機は、経済がヘッジ金融段階から投機的またはポンジ金融段階に移行する時に発生します。資産価格の下落や経済成長の鈍化などのショックや混乱が発生すると、借り手は債務を履行できなくなり、恐怖の波、債務不履行、金融システムの崩壊を引き起こす条件が醸成されていきます。そして、この崩壊への転換点が、「ミンスキー・モーメント」です。この観点から、また歴史から見ても、市場が頻繁に不均衡に向かう傾向にあり、この点が、ミンスキー博士と金融不安定性仮説を有名にしているものと思われます。
次に、ジョージ・ソロス博士はハンガリー生まれの投資(投機)家で、1992年の「ポンド危機」で特に知られるようになった人物です。経済学者ではなく、ヘッジファンドの主宰者ですが、20世紀を代表する科学哲学者カール・ポパー博士に大きな影響を受けたソロス博士は、元来哲学者になることが夢だったこともあって、名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で認識論に関する学位論文を執筆、哲学の博士号(Ph.D)を取得しています(ヘッジファンドの主宰者は、クオンツ系ならば数学者や物理学者が中心なので当然ではありますが、そうでないところでも博士号取得者、最低でもMBA(経営学修士)を取得しているのが多いですね)。
それはともかく、英国の通貨であるスターリング・ポンドが強すぎて経済を圧迫していると、ソロス博士は考えていました。悪いことに、ポンドは実質的に為替レートメカニズム(ERM-後にユーロになるものの最初のステップ)でドイツの通貨に固定されていました。そこで、イングランド銀行(BOE)は早晩、通貨切り下げを迫られるに違いないと判断したソロス博士は、ポンドに巨額のショート・ベットを行い、圧力をかけました。そして、他の人々がその行動を目にして更なる空売りが積み上がることになります。
これにより、BOEはペッグ制をやめることを余儀なくされ、ポンドの切り下げが行われました。ソロス博士は1日で10億ドル以上の利益を上げたわけですが、1992年当時の10億ドルは2023年現在の10億ドルよりも遥かに価値が高ったことを考えると、どれだけべらぼうな利益を1日で稼いだかが想像されます。
ソロス博士は、自説を頻繁に撤回する人でも知られていますので、現在もなおその自説を主張しているかどうかはわかりませんが、当時、盛んに持ち出していた「理論」(理論というには学術的厳密性を欠くもので、しかも深みもあまり感じられないという印象を持ちますけれど)が、「再帰性理論(Reflectivity Theory)」です。簡単に言えば、「再帰性」とは、群衆の期待、価格、および経済のファンダメンタルズが互いに影響し合うことを意味します。このように、システム内に増幅フィードバックループが作成され、平衡状態から離れすぎたり、上向きまたは下向きになったりします。そして必ず最終的に逆転します。
ソロス博士の思想に最も影響を与えたのは、先述の通り、カール・ポパーという20世紀を代表する科学哲学者でした。学位論文の査読者でもあった、ポパーの『科学的発見の論理』や『推測と反駁』そして『開かれた社会とその敵』に決定的な影響を受けたソロス博士が金融市場に適用する3つの原則が、①可謬性(fallibility)、②再帰性(Recursivity)、③不確実性(Uncertainty)の原則です。著作『[新版]ソロスの錬金術』(総合法令出版)は、その題が放つ胡散臭いイメージに反して、ある程度示唆に富み、かつ通俗的な投資指南本のような安直さとは程遠い書物であり、その前半部分が「再帰性理論」の詳細な説明にもなっています。
その内容は、科学哲学や認識論をある程度理解していないと至極難解と受け取られるかもしれません。しかし、ソロスが金融市場へのアプローチとして、この“再帰性理論”を根拠にしていることから、その投資行動の原則を見ていく上でも、ソロスが世界をどう認識しているのかという原理的なレベルにまで遡行して考えることは決して無意味ではないように思われます。
最初の①可謬性(fallibility)とは、どういう意味か。世界の中へ参与する者が置かれている実在の状況と参与者の世界認識が完全には一致することはないし、参与者である我々が個々の事実の知識を得ることができたとしても、世界についての理論を構築したり、全体的な見解を形成することになると、我々の視点が偏っているか矛盾しているか、またはその両方でしょう。それが、可謬性の原理です(可謬性とは、ものすごく大雑把に言うならば、我々は誤り往々にしておかす存在であるという程度の意味だと受け取っておきましょう)。この概念は、師のポパー博士の、科学と非科学の「線引き問題」で登場する「反証可能性(falsifiability)」テーゼの前提をなすところから、明らかに師の影響を受けていることがわかります。
これを、金融資産の市場価格についての我々の認識の話に置き換えるとすると、金融資産の市場価格がその基本的価値を正確に反映していないということに繋がります。価格は、市場参加者の将来の市場価格に対する期待を反映しています。しかし、市場参加者は、誤謬から免れません。その結果、将来の収益フローの割引現在価値に対する参加者の期待は、現実から逸脱する可能性が高い。ソロス博士は、自身のこの考えについて、可謬性を認めない(主流派を形成する)「効率的市場仮説(EMH=Efficient-Market Hypothesis)」と矛盾していると言います。
次に重要な概念は、②再帰性(RecursivityまたはReflectivity)です。再帰性の概念については、更なる説明を要するでしょう。ソロス博士は、思考の参与者と世界との認識論的・実践論的関係において2つの機能を取り出します。一つは、我々が実在する世界を(客観的に)理解することです。これをソロス博士は、“認知機能”と呼びます。もう一つは、世界に影響を与え、参加者の利益を促進すること(世界に“実存している”こと)。ソロス博士は、これを“操作機能”と呼びます。この2つの機能は、参加者の思考(主観的現実)と実際の状態(客観的現実)を双方向に結びつけます。“認知機能”では、参加者は受動的な観察者の役割に位置づけられます。因果関係の方向で言うならば、世界から主観です。“操作機能”では、参加者は積極的な役割を果たしています。因果関係の方向で言うならば、主観から世界へです。どちらの機能も、その過程で誤りが生じやすい類型的リスクを抱えます。
どういうことか。認知機能と操作機能の両方が同時に作動すると、互いに干渉する可能性が生じます。ソロス博士は、こういう言い方をしています。すなわち、「従属変数の値を決定するために、必要な独立変数の各関数を取り出す」と。一方の関数の独立変数は、他方の従属変数であるため、どちらの関数も真に独立した変数を持っていないということになります。
もちろん、認知機能が単独で作動した場合、操作機能からの干渉なしに知識を生み出す可能性はあります。事実確認的な命題によって表されるものの大半はそうでしょう。命題が事実に対応する場合、それは真理の対応理論(論理学における「真理の対応説」)が教えてくれるので、言明は真です。しかし、操作機能からの干渉がある場合、言明は操作機能によって影響を受けるため、“事実”とされるものは実は独立した基準として機能しなくなります。
その結果、認知機能はエージェントが決定を下すために必要な全ての知識を生成することはできません。ということは、我々は不完全な理解に基づいて行動しなければなりません。操作機能は世界に影響を与えることができますが、結果が期待に対応する可能性は低い。意図と行動の間にはいくらかのスリッページがあり、行動と結果の間に更なるスリッページがあります。エージェントは不十分な知識に基づいて決定を下すため、その行動は意図しない結果をもたらす可能性があります。これは、再帰性がエージェントの世界観と参加する世界の両方に不確実性の要素を導入することを意味します。
認知機能と操作機能の間の「再帰的フィードバック・ループ」は、信念と事象の領域を結びつけています。参与者の意見は影響を及ぼすが事象の経過は決まらず、事象の経過は影響を及ぼすが参与者の見解は決定されない。互いの互いに対する影響は、連続的で循環的です。それが、フィードバック・ループに変えるものです。認知機能と操作機能の両方が誤謬にさらされるため、信念と事象の両方に不確実性がもたらされます。ソロス博士は、次のように主張しています。
「金融市場はファンダメンタルズを受動的に反映するのではなく、将来の収益フローに影響を与える可能性がある。この点、行動経済学者は再帰的過程の半分にしか焦点を当てず、認知的不協和は資産の誤った価格設定に繋がるのに、誤った価格設定がファンダメンタルズに及ぼす影響に関心がないのだ」。
金融資産の誤った価格設定が、いわゆるファンダメンタルズに影響を与える可能性のある経路は様々です。最も広く使用されているのは、レバレッジの使用を伴うものであり、債務と株式レバレッジの両方です。例えば企業は、少なくともしばらくの間、株式発行によって1株当たりの収益を改善することができます。
最後に、③不確実性(Uncertainty)の原則です。これは①と②を結合した場合に出てくる結果ですので、①と②に置かれる重要性とは異なります。要は、①と②から導出できる派生的な原則と言い換えることもできるでしょう。ソロス博士が、この不確実性を敢えて第三の原則に据えたかは明示的に述べていませんが、その文脈から推測することはできそうです。
不確実性は、経済理論が“無時間的な”一般化として扱うものを“時間に制約された”歴史的プロセスに変えます。エージェントが完全な理解に基づいて行動するならば、均衡は金融市場の普遍的かつ無時間的な状態から遠く離れています。市場は、それに向かうのと同じくらい推定均衡から離れる傾向があるかもしれません。普遍的かつ無時間的ではなく、均衡は主観的な期待が客観的現実に対応する極端な条件になります。理論的には、このような対応は、認知機能または操作機能自体によってもたらされる可能性があります。認識は実在の状況に合わせて変化するか、知覚が知覚に合うように実在を変える行動に繋がる可能性があります。
しかし実際には、このような対応は、2つの関数間の再帰的相互作用の産物である可能性が高い。経済学は、均衡を正常で実際に必要な状態と見なしているのに対し、ソロス博士は、そのような安定期を例外的と考えています。
ソロス博士は、この①可謬性、②再帰性、③不確実性の3つの原則に基づいて金融市場にアプローチする見方を提供していますが、その具体的な内容については、①~③に基づく様々なフィードバック・ループの分析の箇所と、その応用編である後半部分で触れられています。
ともかく、ソロス博士の「再帰性理論」によれば、現実は客観的かつ固定的な存在ではありません。しかしそれは、私たちの主観的な認識と解釈によって形作られています。言い換えれば、現実に対する私たちの理解は受動的ではなく、行動を通じてそれを形成することに貢献するため、能動的です (ロバート・マートン博士の『社会理論と社会構造』にある「自己成就的予言(self-fulfilling prophecy)」)。
例えば、投資家の認識がテクノロジー株について楽観的である場合、投資家はより高い成長を期待して株を購入します。これにより価格が上昇し、群衆が群がり、更なる買いが生まれます。一方、ハイテク企業はより高い価格で株式を簡単に発行できるようになったため、資本コストが削減されます。そしてその資金でバランスシートはより良く見え、能力を拡大し、群衆による楽観主義と更なる購入を強化することができます。これが反復されていきます。
投資家(投機家)の認識が悲観的である場合、これは逆に機能します。市場のセンチメント、ファンダメンタルズ、及び価格が互いに影響し合い、好循環を生み出していることを理解するのは難しくありません。
このように、投資家の認識と行動が資産価格と市場の状況に大きな影響を与える可能性がある金融市場では、再帰的プロセスが特に関連性があることを、ソロス博士は口酸っぱく協調するのです。
ソロス博士は、金融バブルやその暴落は、ファンダメンタルズなどの外的要因のみによって引き起こされるのではなく、投資家(投機家)の認識と取引行動の間の反射的フィードバック・ループによっても引き起こされることを説明しています。
このように、投資家(投機家)が市場を泳ぎ切るには、これら2つの概念すなわち、ミンスキー博士の「金融不安定仮説」とソロス博士の「再帰性理論」は、大いに示唆を与えるものだと思われます。とりわけ、市場の効率性を強調する言説を耳に目にした場合、それに懐疑の目を向けるためにも、両博士の言に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
なお、ソロス博士の自説解説は、中央ヨーロッパ大学とMIT(マサチューセッツ工科大学)とをオンラインで繋いだ公開講義で視聴できます。YouTubeでも公開されていますので、興味のある方は視聴されるとよいでしょう。なお、ソロス博士の英語は、元々母国語が英語ではないということもあって、若干東欧訛りがあるものの、平易な英語でしかも話すスピードも極めてゆっくりですので、英語のヒアリング能力にあまり自信がない方でも容易に聞き取ることができるはずです。