相当な期間ご無沙汰であった弊社公式ブログですが、いつもの時事ネタ等に加えて、「不動産投資入門一歩前」というシリーズを始めたいと思います。
「不動産投資入門一歩前」というのは、二つの意味が含まれています。一つは、不動産投資の門前に立っている状態、すなわち門をくぐる手前という意味です。もう一つは、不動産投資の門をくぐって後に一歩前へ踏み出した地点という意味ですが(廣松渉『哲学入門一歩前』(講談社)の冒頭の表現を借用しました)、この二重の含意は、不動産投資を考えるにあたっても重要です。
この「不動産投資入門一歩前」シリーズでは、不動産投資における基本中の「キ」について解説していくわけですが、これから不動産投資に踏み出そうとする人にとっては、文字通り「一歩手前」の意味を持つでしょうし、既に不動産投資家である人にとっては了解済みの事項ではあるものの、更に「一歩前へ」と歩みを進める際に、改めて了解済みの事項のおさらいとしての意義を持っています。
「不動産投資入門一歩前」の第1回は、「利回り」とは何かという点について解説していきたいと思います。収益不動産に関わっていると、盛んに「利回り」という言葉に出くわすわけですが、この「利回り」がクセモノなのは、よく知られている言葉であるにもかかわらず、その意味がよく理解されずに流通している最たる言葉だからです。
収益不動産の広告に「利回り〇%」と記されている場合、この数字は、特段の断りがない限り、「表面利回り」(または「グロス利回り」とも言われます)を意味していることが一般的です。この表面利回りは、英語ではGross Potential Income(GPIと略記されます)と言われる「総潜在収入」から求められます。この「総潜在収入」とは、初めて見る人にとっては小難しい表現に映りますが、要は、空室による損失(空室損)や未回収による損失(未回収損)などが生じていないと仮定した上で得られる年間家賃収入の上限額です。
表面利回りは、この総潜在収入を物件取得価格で割って得られる数字です。簡単な例を見てみましょう。例えば、物件取得価格が5,000万円で、空室等が発生していない場合、年間の家賃収入が300万円だとします。そうすると、総潜在収入は、300万円-0円=300万円になります。これを5,000万円で割って100をかけると、
300万円÷5,000万円×100=6(%)
となります。この6%が、「表面利回り」にあたります。
この数字は簡単に算出できる代わりに、あてにならない数字でもあります。というのも、実際には、空室や未回収等による損失も生じますし、例えば一棟物のマンションやアパートだと、固定資産税、都市計画税、管理費、消防・清掃点検費、EV点検費、除雪費等諸々の費用(OPEXと表記されます)が全く計上されていませんから、表面利回りだけを見て、この物件が収益性あるのかどうかの判断を下すことはできません。「実質利回り」を見て行かねばなりません。よって、「実質利回り」乃至「総収益率(FCR)」と呼ばれる概念の解説を行います。
その前に、「実効総収入(Effective Gross Income=EGI)」ついて説明しておきます。先に、総潜在収入(GPI)という概念について触れました。この概念は、満室想定収入と思っておいていいでしょう。細かい話をすると、このGPIから空室損(Vacancy Loss)と未回収損(Collect Loss)とリース損(Loss to Lease=LL、これは想定していた賃料収入より実際得られる収入が低くなってしまったことによって起こる損失のことです)を差引いたものを「純賃料収入(Net Rent Revenue=NRR)」と呼びます。すなわち、
純賃料収入(NRR)=総潜在収入(GPI)-空室損(VL)-未回収損(CL)-リース損(LL)
となります。これに、もし自販機、駐車場、アンテナ、看板、コインランドリー等の家賃以外の収入すなわち雑収入(Miscellaneous Income=MI)があるとするならば、それをも加味して得られる実際の総収入が、「実効総収入(Effective Gross Income=EGI)」と呼ばれるものにあたります。つまり、
実効総収入(EGI)=純賃料収入(NRR)+雑収入(MI) となります。
さて、ここからです。「実質利回り」を算出するためには、「営業純利益(Net Operating Income=NOI)」と呼ばれる数字が必要となるわけですが、この営業純利益(NOI)は、先の実効総収入(EGI)から「運営費(Operating ExpenseまたはOperating Expenditure=OPEX)」を差引かねばなりません。この「運営費(OPEX)」とは、事業を運営するために必要な費用のことで、「事業経費」とも呼ばれます(OPEXに対して、事業の生産性維持や向上を図るための「資本的支出」はCAPEX(Capital Expenditure)と呼ばれ、例えば、企業の事業活動においては、営業費・人件費・オフィス賃貸料・電気代・通信費・交通費などがOPEXに、設備投資がCAPEXに該当します)。
不動産投資におけるOPEXとは、投資の運用に必要な経費を指します。具体的には、固定資産税・都市計画税・損害保険料・管理費・修繕積立金・共用部電気代・消防設備点検・補修費・上下水設備点検・補修費・電気設備点検・補修費・EV点検・補修費・監視カメラやオートロックなど防犯関連機器メンテナンス費用などの総額となります。特に、寒冷地・豪雪地帯の物件であれば、冬季に共用部分の暖房費用、融雪・除雪費用、そのための機器のメンテナンス費用などがOPEXに上乗せされます。
不動産賃貸事業を管理会社に委託する場合、その管理手数料はOPEXに含めることになる一方で、不動産投資ローンの金利や減価償却費などはOPEXに含めることができません。なお、一般的な建物修繕費はOPEXに含まれますが、リフォームなど不動産の価値を高める長期修繕計画にかかる費用はCAPEXとなりますので、この区別は厳密にできるようにしておきましょう(この点について、後に解説することにします)。
実効総収入(EGI)からOPEXを差引いた数字が、「営業純利益(NOI)」です。すなわち、
営業純利益(NOI)=実効総収入(EGI)-OPEX
となります(但し、先述の通り、このOPEXには資本的支出・負債支払・所得税は含まない点に注意。Net Operating IncomeのNetが「純量」、Operatingが「経営上の」という意味ですので、「営業純利益」と呼びならわされています)。 この営業純利益(NOI)を、総事業費すなわち(自己資金(E)+ローン借入残高(LB))で除した数字が、「総収益率(Free and Clear Return=FCR)」です。これはROI(Return on investment=投資収益率)とほぼ同義で、いわゆる「実質利回り」とされている数字に該当します。すなわち、
総収益率(%)=営業純利益÷(自己資金+ローン借入残高)×100
となります。表面利回りよりも投資実態を反映させる指標であるので、「利回り」という際に重視するべきはFCRということになります。但し、FCRといっても、1年という短い期間で区切って算出するため、1年以上先の将来的な家賃変動までは考慮されないという欠陥を抱えます。
不動産価格を評価・算定するする方法は複数あり、収益不動産の評価・算定方法として主要な方法とされている収益還元法の中でも、一般投資家に馴染みのある直接還元法(DC法)では、収益還元評価を下す際、「どのような収益に基づいているのか?」という点を考慮していないと無意味であるどころか、かえって判断を誤らせてしまいます。不動産価格が同じだとすると、収益が高いと利回りが高くなるわけですが、この「収益」には色々な種類があるためです。
一般の不動産情報サイトや不動産会社が提供する資料に掲載されている「利回り」は、「表面利回り」あるいは「満室想定利回り」などと呼ばれています。そこで言われる「収益」は、先ほど触れた「総潜在収入(GPI)」です。想定賃料が妥当かどうかはとりあえず脇に置いておくとして(この想定賃料が相場と照らし合わせて妥当であると言えるかも重要です)、実際の不動産の運用には様々な損失リスクや経費を考慮しないといけません。この点は、1棟物の収益不動産に限らず、ワンルームマンションなどの区分所有物件でも同様にあてはまります。そこで、運営費(Opex)を差引いた「営業純利益(NOI)」を「収益」として算出したのが、「NOI利回り」でした。 つまり、賃貸物件等の事業性を判断する場合は、物件のキャッシュフローを念頭におかないといけません。収入面においては、空室が発生時の損失や賃料不払いリスク(この点は、保証会社を利用することでリスクを最小化できるかもしれませんが)を考慮する必要がありますし、駐車場収入や自動販売機等による収入など賃料以外の収入もあるかもしれません。支出面においては、物件の維持管理に係る費用やテナント募集に係る費用、固定資産税などの公租公課、火災保険料などを考慮する必要があります。ここまで考慮した「収益」をNOIと呼びます。
物件が古くなってくると、近隣の新築物件にテナントをとられてしまうかもしれません。そうならないように、壁の塗り替えや共用部、設備を刷新するなどの定期的な大規模修繕(資本的支出)も必要となってきます。ここまでの支出を含めた「収益」を NCF(Net Cach Flow)と呼びます。ですから、そこで言われる「収益」がどのような意味かを考ええ行く必要があります。
ここでひとまず、様々な「利回り」の意味を整理してみましょう。
(1)(表面利回り)=(満室想定収入)÷(物件価格)
(2)(NOI利回り)=(運営経費+その他収入+貸倒損失+空室損失+満室想定収入)÷
(物件価格)
(3)(NCF利回り)=(大規模改修費+運営経費+その他収入+貸倒損失+空室損失+満室想定収入)÷(物件価格)
不動産投資における「利回り」は、「収益」ということでどこまで含めるかによって変わってしまうことを確認しましたが、なぜそうなるのか、「利回り」の意味を考えると理解が進むでしょう。不動産投資において言われる「利回り」は、以下の要素の和であることがわかります。
(利回り)=(リスクフリーレート)+(リスクプレミアム)
「リスクフリーレート」とは、リスクがほぼ皆無とされている商品から得られる利回りのことで、一般的には、10年物国債利回りが利用されます。他方、「リスクプレミアム」とは、不動産のリスクに応じて上乗せされる利回りのことです。ここでいう「リスク」とは、「危険」とい同義ではありません。想定する結果に対する「振れ幅(ボラティリティ)の大きさ」を意味します。リスクプレミアムが大きい不動産は収益の振れ幅が大きい、つまり大儲けすることができるかもしれない反面、大損するかもしれない、将来の結果の不確実性が大きい不動産ということを意味してもいます。
「表面利回り」の場合、算出に用いる「収益」は満室想定賃料のみで、空室リスクや運営経費など不確定ですから、実際にどのくらいの収益が得られるかについて不確実性が大きくなると考えます。その分、リスクプレミアムは大きくなる。他方、NOI利回りの場合は算出に用いる「収益」に空室リスクや運用コストを考慮しているため、将来得られる収益に対する不確実性が小さい。それゆえ、リスクプレミアムは小さくなる。
収益還元法を、英語ではCapitalization Methodと呼び、CAPitalization Rateは文字通り「資本化率」を意味します。「CAPレート」としての「収益還元利回り」は、経済動向や周辺の不動産市場の状況、対象不動産の市場における競争力等から設定します。不動産も他の商品の例に漏れることなく経済動向に影響さますので、「収益還元利回り」は、「経済成長率」を考慮して
(収益還元利回り)=(リスクフリーレート)+(リスクプレミアム)-(経済成長率)
が使われます。
なお、直接還元法は「収益」が永久に変わらないことを前提にしています。このため、築年による賃料の下落や空室率の上昇、修繕費の上昇等を考慮して「収益」を査定することも重要です。そのため、「貨幣の時間的価値」の相違を加味したDCF(Discounted Cash Flow)法をも参考に微修正していくことも必要になるでしょう。このDCF法については、また別の機会に触れようと思います。大事なことは、「利回り」といっても、単純なようでいて単純ではないところもあるという点を認識しておくことだろう思われます。
次回は、この直接還元法を用いた収益還元評価の求め方と、DCF(Discount Cash Flow)の考え方を詳しく見て行きたいと思います。