不動産投資戦略の基本的パターン

不動産投資で多額の資金を失っても、自分では「成功した」と考える人もいます。例えば、低所得者向けの住居を無償あるいは低額で提供したり、歴史的建造物の保存・修復に寄与したり、あるいは建築学的見地から見て価値ある建物を建築・開発することの方が、金銭的な対価を得ることよりも大切だと考える篤志家もいます。

ですから、一概に「不動産投資は、かくあるべし!」とは言えませんが、“不動産投資ゲーム”を、利得最大化を目的とする合目的的行動だと捉えるならば、抱えるリスクに見合うリターンを得られなければ「成功した」とは言えませんし、「成功した」と言えるためには合理的判断に基づく投資行動が求められます。

リターンを得るには、原則としてそれに見合うリスクを背負う必要があることは、投資の世界では半ば常識になっていますが、しかし同時に、リスクをとること自体を楽しみたいという人にとって、“不動産投資ゲーム”は最良のゲームではありません。むしろ、優れた不動産投資家は、自らのことを“積極的にリスクをとる者(risk takers)”としてではなく、“リスクを管理する者(risk managers)”として位置づけています。

それゆえ不動産投資家は、投資プロジェクトの潜在的リスクをタイプごとに割り出し、測定・管理することが求められます。リスクを特定し、そのリスクを管理する戦略を策定し、それら戦略が十分なリターンをもたらしうるものかどうかを評価する視軸が重要になる所以です。

ハーバード・ビジネススクール教授で、「不動産投資」という選択科目を担当しているウィリアム・ポルブー博士は、『ハーバード・ビジネススクールが教える不動産投資ゲーム』(日経BP)において、「私の経験では、単に金持ちになろうとして不動産投資に手を出す人は、たいてい失敗する」と述べています。

そういう人は、絶えず物件に対して適切な意思決定を続けなければ不都合なことが起こるという事実を見失い、短期的視野だけで判断することによって長期的には災難をもたらす蓋然性の大きい選択肢を選択して困難な事態に嵌るというパターンを踏むことになるからです。

更に、こうも指摘しています。「不動産業界の起業家は、事業機会に盲目的にのめり込む傾向がある。結果としてマクロ的な視野を失い、大きな流れに逆行するするような不利な状況に身を置いてしまうことも少なくない。大きな景気の動きが業界の追風になっているのか、あるいは逆風になっているのかで、その数は増えたり減ったりする」と。

不動産投資家といっても、その投資目的や事業計画、資産状況や個人属性等によって、とりうる投資戦略は異なってきます。この戦略を構築する初期段階で躓いてしまうと、後々取り返しのつかない事態を招き寄せてしまいます。

投資行動は「不確実性下における意思決定」をその本質とする経験的営為であり、数学的真理とは違って、その判断に関して「絶対的に正しい」などとは言えません。しかしながら幸いなことに、これまでの多くの先行者の経験や理論的な研究成果等により、投資に係るリスクをある程度定量化して分析することでき、少なくとも予め考えられるリスクを可視化し、可能な限りそれらリスクを極小化することができます。

世の中に、完全にリスクのない資産といったものは存在しません。なるほど、現預貯金や国債などリスクフリーとされる資産はありますが、ここで言われるリスクフリーとは文字通りリスクが皆無であることを意味するわけではなく、他の資産との相対関係からリスクフリーとして扱われているに過ぎません。

例えば、現預貯金は、著しいインフレにおいて、実質的な資産価値は目減りすることを考えれば理解されます。株式その他の有価証券も然り。もちろん、不動産もその例外ではありません。

投資行動はその目的や計画、投資家の個人属性や資産状況によって複数の戦略が考えられます。既に10億円以上の潤沢な純金融資産を保有する富裕層の中でも、現有資産の価値をこれ以上大きく増やす必要はないものの、可能な限り資産価値を減らすことなく防衛したいと望む人もいれば、その多額の資産を現預貯金の形で寝かせておくよりも、多少のリスクをとりつつ更なる資産拡大を図りたいとする人もいるはずです。

あるいは、純金融資産からすれば必ずしも富裕層とまでは言えないまでも、もう少し資産を拡大できれば富裕層として異なる投資アプローチをとりたいのだけれど、今はその段階ではない。早くそのステージに駆け上がるためにも、現有資産を有効に活用して効率的に資産拡大を急ぎたいと望む人もいるはずです。

それぞれのニーズに適合する投資判断を決定する前に、とりあえず踏まえておくべき事項について軽く触れておきましょう。

先ず、この“不動産投資ゲーム”を理解するために、次の4つの要素を取り込んだレンズを使って観察することが必要です。そのレンズを構成する4つの要素とは、
①物件(properties)

②資本市場(capital markets)


③プレイヤー(player)


④外部環境(external environment)

①物件(properties)に関して言うと、不動産投資物件の種類は極めて多く、用途・地理的条件・規模・状態に応じて様々なタイプがあります。既に存在するものであるかもしれないし、素案の段階に過ぎないものもあります。短期間しか使用しない物件か長期間使用する物件か、あるいは量産型であるかオーダーメード型かといった違いもあります。

②資本市場(capital markets)は、不動産投資という資本集約的ゲームの背景となるものです。不動産投資において、貸借対照表(B/S)における負債と資本に相当するものと考えて差し支えありません。資本市場という手持ちのカードは、入手できる資金はいくらあるのか、その資金の源泉はどこか、その調達コストはいくらになるかといったことです。この資本市場のグローバル化の進展が、不動産投資ゲームに大きな影響を与えています。資本市場の動向は一般に不動産市場とは独立した挙動を見せますが、資本市場での期待が開発対象物件の種類やその価格に影響を及ぼすこともあります。更に、借入金と自己資本比率いかんによって、不動産投資ゲームの参加者の母集団が決定される場合も少なくありません。重要なことは、自己資金をどのくらい準備する必要があるのかということ。不動産ビジネスでは、他人資本の使い方が重要になります。このレバレッジに関係する考え方は、債務者を危険な状況に追い詰めるリスクを抱えると同時に、自己資本の投入を最小限に抑えるという意味ではリスクを減らす役割を果たします。

③プレイヤー(player)は、不動産市場にある物件と資本市場の資金を結びつける役割を果たします。このプレイヤーには2つのタイプが存在し、一つは従来型のプレイヤー。小規模かつローカルで少人数からなる組織を持ち、起業家精神に富み、必要性に駆られて行動することが多い。業務のほとんどを外注化し、自己の資金ではなく他人の資金を使おうとするプレイヤーが一般的で、しばしばレバレッジがゲームの中心となります。それによって、限られた資源を大きく拡大させることができるからです。

④外部環境(external environment)とは、不動産投資ゲームに影響を与えうる外部からの影響すべてのことです。例えば、税制や規制の変更、人口や雇用の動向、新しいテクノロジーや消費者の予期せぬ嗜好の変化などです。外部要因は混乱をもたらす場合もあれば、新たな機会を与えてくれる場合もあります。建物は劣化していきます。建物の使用方法も変化していきます。立地の評価も変わります。外部環境の変化がもたらす力によって不動産の所有は受動的ではなく、能動的なビジネスプロセスの一翼を担うことにもなります。

中でも、不動産投資戦略の対象となる①物件(properties)の性質に着目して、投資家の置かれた条件・投資プロジェクトの目的・リスク許容度・期待リターンに対応して大まかに区別するならば、

(ⅰ)コア戦略(Core strategy)

(ⅱ)コアプラス戦略(Core Plus strategy)


(ⅲ)バリューアッド戦略(Value-Add strategy)


(ⅳ)オポチュニスティック戦略(Opportunistic strategy)

の4つに大別されます。

コア戦略とコアプラス戦略は、基本的には主として超富裕層や富裕層が伝統的に講じてきた分散ポートフォリオの基盤をなすものでもあり、リスクをできるかぎり抑えた投資戦略に位置づけられ、バリューアッド戦略からオポチュニスティック戦略に至るに連れてリスクが高まっていくのが一般的です。

この不動産投資の4つの戦略を理解することは、リスクを理解し、多様で安全なポートフォリオを構成する方法なので、重要な知識であると言えます。4つの戦略のリスクは、一般には次の通りになるかと思われます。

(ⅰ)コア戦略:低リスク

(ⅱ)コアプラス戦略:低から中程度のリスク

(ⅲ)バリューアッド戦略:中程度からやや高いリスク

(ⅳ)オポチュニスティック戦略:高リスク

原則として、リスクとリターンはトレードオフの関係に立ちます。個々の投資家の投資目的・資産状況・リスク許容度等に合わせて、これら4つの戦略を適宜組み合わせていくことで、投資を成功に導く可能性は高まるのではないでしょうか。

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