市場が下落局面に入るだろうと予想される時、その下落局面を上手く利益に変える手段は複数存在します。ここでは、不動産市場に直接関係するインバース不動産ETFについて述べます。
米国では既に導入されていたインバース不動産ETFですが、日本の市場においてはこれまでお目にかかることはありませんでした。ところが漸く、インバース不動産ETFが10月6日に新規上場される運びとなったとのことです。既に御案内の方もおられるだろうと思われます。
銘柄名は、「東証REITインバースETF(銘柄コード:2094)」。これまで、日本の不動産投資信託(REIT)のポジションをヘッジするための金融商品が期待されていたところ、REITのポジションをヘッジするニーズに応えるべく、「東証REITインバースETF」が上場されることになったわけです。なお、管理会社はシンプレクス・アセット・マネジメント株式会社で、信託受託会社は三井住友信託銀行株式会社です。売買単位は1口単位で、信託報酬は0.75%(税込0.825%)以内とのこと。
ファンドの特色としては、東証REITインバース(-1倍)指数を対象指標とし、東証REIT指数先物取引を利用することにより、基準価額の変動率を対象指標の変動率に一致させることを目指すETFということになります。この東証REITインバース(-1倍)指数は、原指標である東証REIT指数の前日比変動率に対して一定の負の倍数、すなわち-1倍を乗じた変動率となるように計算された指数です。この指数の基準日は2018年12月7日、基準値は10,000ポイント。すなわち、東証REITインバース(-1倍)指数とは、2018年12月7日の値を10,000ポイントとして基準化したものです(原指標である東証REIT指数の値そのものとは異なります)。
計算期間は、毎年10月13日~翌年10月12日(※最初の計算期間は2023年10月5日から2024年10月12日まで)。分配金支払基準日は、10月12日(年1回)とのこと。ちなみに、「当日の指数値」は、「前日の指数値」×(1-1倍×東証REIT指数の前日比変動率)で求められます(前日比変動率(%)は、小数第3位四捨五入)。
私としては、この金融商品を紹介する義理などないわけですが、なぜ取り上げたかと言うと、インバース不動産ETFが日本市場で初めて導入されたということと、市場の過熱感が増し、かえって不安定化の様相を危惧する声が聞こえ始めると、この種のインバースETFによるヘッジ手法が注目される必然があると思われるからです。
このインバース不動産ETFに触れる前に、インバースETFについて簡単に整理しておきます。投資信託に関心ある投資家の方にとってはご案内のことと思われますが、インバースETFそのものは既に日本市場にも存在しています。例えば、NEXT FUNDS 日経平均インバース・インデックス連動型ETF(銘柄コード1571)などが典型でしょう。
インバースETFは、様々なデリバティブを使用して原資産の指標(日経平均株価指数など)の低下から利益を得るよう構築された上場投資信託(ETF)です。インバースETFへの投資は、証券を借りて、より安い価格で買い戻すことを期待して売却する信用売りなど、様々なショート・ポジションを保持することに類似しています。それゆえ、このインバースETFは、「ショートETF」または「ベアETF」とも呼ばれたりもします。要するに、インバースETFは、市場における原資産指数となる指標(インデックス)の下落時、投資家が空売りの方法をとることなく利益を得ることができる一つの方法です。
多くのインバースETFは、日々の先物契約を利用してリターンを生み出します。先物契約は、設定された時間と価格で資産または証券を売買する契約ですから、インバースETFにおいては、先物契約などのデリバティブの使用により、投資家は市場が下落することに賭けることができるというわけです。
このインバースETFの長所は、投資家自らが証拠金口座を持つ必要がないことです。この点は、株式の信用売りと比較してみるとわかりやすいでしょう。
信用取引用の証拠金口座は通常、ブローカーが投資家にお金を貸して取引する口座です。この証拠金はショート取引戦略で使用されるわけですが、先ず、ショート・ポジションに入る投資家は、所有していない証券を借りる必要があります。その目的は、借りた証券を市場で売却した後、低価格で買い戻して貸し手に返還する取引を行うことによって、差額分の利益を得ることです。しかし、意図した結果に反して証券価格が下がるのではなく上昇するような事態になれば、投資家は元の証拠金売却価格よりも高い価格で証券を買い戻さなければならないというリスクを抱えます。
また信用売りは、必要な証券を借りるためにブローカーに支払われるローン手数料がかかります。空売り金利の高い株式は、空売りの株式を見つけるのが困難になり、空売りのコストを押し上げかねません。多くの場合、株式をショートする時に借りるコストは、借りた金額の3%を超えることがあります。
対して、インバースETFの経費率は2%未満であることが多く、証券口座を持っている人なら別口座を開設することなく誰でも購入できます。株式を空売りするよりも簡単で、かつ費用もかかりません。
インバースETFの長所は、①原資産のインデックスが下落した時に利益を上げることができる点、②投資ポートフォリオをヘッジするのに役立つ点、③主要な市場指数の多くに対応する複数のインバースETFが存在する点です。
もっとも、長所もあれば短所もあり、仕組みをよく知らないで使い方を誤ると痛手を被りかねません。インバースETFは、デリバティブ契約がファンド・マネージャーによって毎日売買されるため、そもそも長期投資向きではありません。そして、インバースETFが連動する指標または株式の長期的パフォーマンスと一致することを保証する方法はない点に留意を要します。
加えて、市場の方向性について間違った「賭け」をした場合、即座に損失に繋がる点、1営業日以上保有すると損失が発生する可能性も出てくる点、通常のETFと比較して、インバースETFの方が手数料が若干高くつくという点が短所になるでしょう。
市場の下落から積極的に利益を得るためにインバースETFを利用する投資家もいれば、価格下落からポートフォリオをヘッジするために(いわば保険のように)利用する投資家もいます。例えば、米S&P500や日経平均株価といった株価指数に連動するETFを所有している投資家は、S&Pや日経平均のインバースETFを所有することで、S&Pや日経平均の下落から来る損失をヘッジできます。逆に、S&Pや日経平均が上昇した場合、投資家は元の投資利益を相殺する損失を経験するため、インバースETFを売却する必要が出てきます。
いずれにせよ、インバースETFは、利益を上げるためにタイミングを見計らわないければならない短期取引商品である点に注意する必要があります。投資家がインバースETFに多額の資金を割り当て、エントリーとエグジットのタイミングが悪い場合、大きな損失を被ります。
「東証REITインバースETF」も、このインバースETFの一つであり、ただ異なるのは、東証REIT指数を原資産とする点です。その意味で、日本初のインバース不動産ETFと言えるわけです。
東証REITインバース(-1倍)指数は、変動率が東証REIT指数の日々の変動率の逆(-1倍)となるように算出されています。それゆえ、前営業日と比較するとその変動率は東証REIT指数の-1倍となりますが、2営業日以上離れた期間での比較においては、複利効果により、東証REIT指数の変動率の-1倍以上又は未満となることもありえます。とりわけ、東証REIT指数が上昇・下落を相互に繰り返すといった場合、東証REITインバース(-1倍)指数は逓減していくという性質がありますから、このような局面では、投資家は利益を得にくくなります。反対に、東証REITインバース(-1倍)指数は、東証REIT指数が下落局面にある場合に上昇する指標であるため、東証REIT指数の下落が見込まれる場合には有効な手段となります。
不動産投資家の中には、株式市場や債券市場などの動向に関心を向けている方々もおられるでしょうが、逆に、金融市場に不案内という方々もおられる。しかし、不動産投資家である以上、不動産市場の動向にも全く無関心という方はさすがに皆無でしょう。そうすると、金融市場の動向には不案内だけど、不動産市場の動向にはある程度明るいという方が出てくるのは当然です。そういう方が、現物不動産の所有を維持する方針を持っていても、短期的には市況は下落するだろうと予想される時、その機会を利用して利得を狙いたいと思うのも当然でしょうから、インバース不動産ETFは関心の的となるに違いありません。インバース不動産ETFは、不動産市場全体の下落に「賭ける」ための簡単な方法となりうるのですから。
※本記事は特定の金融商品を推奨するものではありません