コロナ禍がまだ収束する様相を見せていない中、これまでに金融機関から調達した借入期限が到来する企業や、コロナ関連融資の据置期間が終了していよいよ返済が始まる企業が、再び資金繰りに困窮し始めるかもしれません。
そうした中、海の向こうからは、一昨年あたりから気になる動きが見られました。コロナ禍で世界的に見ても企業倒産が増え、破綻もしくは“破綻予備軍”の債権を買い取るファンドの組成が、これを予期して急増したのです。1990年代末のアジア通貨危機や、日本の金融危機、あるいは2008年のリーマンショック時にいわゆる“ハゲタカファンド”が日本に来襲し、不良債権化した銀行保有債権を二束三文の安値で次々と買い取っていったことが思い出されます。
もちろん、買収されたことによって蘇ったケースも見られますので、企業再生の観点からは、ファンドによる買収が日本経済にとって悪いわけではありません。また、結果的にはエージェンシー問題を改めて可視化させたという点からも、よき面もあったのでしょう。
政府や各自治体そして金融機関による資金繰り支援がある程度功を奏し、コロナ禍であるにも関わらず、日本の企業倒産件数は低い水準にとどまりました。但し、同時に、いわゆる“隠れ倒産”件数は増えているようにも見え、支援が続いている間は首の皮一枚で繋がっていても、こうした応急措置は早晩もたなくなりますから、今後の動向が気になるところです。
銀行にしても、今のような融資を続けることには限界があるでしょう。事実、銀行の与信コストも拡大に転じているし、コロナ禍の影響で与信費用は大きく増加しています。そうすると、銀行は予防的な引当金の積み増しなどの対応をせざるを得ません。実際に、生き残りが難しいと判断される中小企業に対し信用保証協会は保証を拒否しているところもありますし、金融機関も貸出しの折り返しを拒むケースも見られます。
これら“破綻予備軍”の存在を目にして、米国では、金融緩和を背景にしたファンド組成が急増し、ニューヨーク証券市場では特別買収目的会社(SPAC)の上場が相次ぎました。悪く解釈すれば、早い話、資金を市場から調達し、この会社を通じて窮状の企業を破格の安値で買い叩こうという魂胆が潜んでいるのかもしれません。
ところで、日本でも解禁を求める声が起こっているこの特別買収目的会社(SPAC)とは何か。そのメリットはもちろんあるわけですが、同時に危険性も孕んでいます。もし日本でSPACが解禁されるようになれば、何を警戒しておく必要があるかを簡単に見て行きたいと思います。
SPACとはSpecial Purpose Acquisition Companyの略で、自ら事業を営まずに未公開会社や他社の事業を買収することだけを目的に株式を公開する会社です。事業実態がないという意味で、“ペーパーカンパニー”といって構わないでしょう。つまり、買収先を見つけるとその会社と合併し、事業を営む買収先が存続会社となります。株式公開時にはどの会社に投資するかは白紙で、投資家はSPAC運営者の目利き見込んで投資する仕組みです。
このことから、SPACはM&Aのためのプラットフォームとしての“受け皿ファンド”の役割を担うことを期待されて、米国市場で一時、IPOの主流になっていました。通常のIPOだと、手続と審査に時間を要する一方、SPACと合併して存続会社になれば、煩雑な上場手続きが不要だし、上場までの時間を短縮できます。
日本でもかつて、SPACの上場解禁が検討されことがありましたが、その時は、様々な懸念が払拭されず、導入が見送られたという経緯があります。ところが再び、SPAC解禁案が政府諮問の会議で取り上げられており、期待の声がある一方で、やはり懸念する声も聞かれます。
様々な懸念の中でも、米国での現状を見ての懸念がその多くを占めているように思われます。どういうことかと言うと、新規上場し多額の資金を調達したのだけれど、買収先企業を見つけることができず困惑しているSPACの数が目立つという事実です。更に、2年以内に買収先を見つけることができなければ、設立者の報酬はゼロになりますので、設立者にとっては死活にかかわります。そうすると、どうしても買収を急ぐ必要に迫られます。そこで、将来性のない企業を無理やり買収し、その買収先企業が業績低迷して上手く行かないというケースも多く存在するという事実があります。
ともかく、乱立したSPACが日本市場に上陸し、不良債権を買収しまくることに要警戒との無視できない声があります。投資ファンドについては、未上場株式や大手企業が本体から切り離すバイアウト資産の買収を狙って、欧米系大手のプライベートエクイティファンドが手ぐすね引いて待っているとも聞きます。当初、欧米の投資ファンドのターゲットは日本の不動産でしたが、日本企業の“カーブアウト”と呼ばれる非中核事業の切り離しにシフトしつつあります。
次に予想される流れは、地方銀行が抱える地方の融資先企業にターゲットが移行することかもしれません。欧米系ファンドが狙うのは、優れた技術を持つ地方の企業です。潜在的な不良債権の重みに耐えかねた地銀が放出する債権を狙うというもの。優れた技術を持つのだけれど、いかんせん財務状況が厳しい地方の優良企業はごまんと存在します。そこを買収して、技術を”盗む“こともあれば、優良部門だけを切り離して高値で売却したり、利益にならない不採算部門を削減して、優良部門だけを残すことによって、少なくとも短期的には高収益体制の企業に持っていき、株価が上昇したところで高値売却を図るという、従前の”ハゲタカファンド“と呼ばれていたファンドの二の舞ではないかとの危惧が、そうした懸念の声の大半を占めているのでしょう。
コロナ禍に即応して、世界の中央銀行は過剰とも思えるマネーを市中に供給しており、実体経済の落ち込みとは対照的に、株式などのリスク資産は高騰しています。そうした過剰マネーは、投資ファンドを潤しています。他方に、マイナス金利政策で収益構造が弱体化している日本の地方銀行が存在する。この両者の非対称的な関係がある閾値を超える時、企業債権をまとめ買いする“バルクセール”のオファーが山のように寄せられないとも限りません。